From Seattle, WA, USA
by Alex
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シアトル在住のAlexです。
ソフトウェアデベロッパーをやっていましたが現在は休憩中。日本にいるときには役者をやってたりしました。歌ったり踊ったり、食べたり飲んだりが大好きです。

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カテゴリ:旅行記( 463 )
マヤ文明の遺跡たち: 攻撃的な蚊 (Part 2)
攻撃的な蚊 (Part 2) 7月2日(金)

Mosquitoes Strike Back!!


 さあ、いよいよ来てしまったメキシコでの最終日。この日はラベンタの野外博物館を見学した後、飛行機でVillahermosa→Mexico City→Los Angelesと飛んで、メキシコから離れてしまう。最初はまだまだあると思っていたツアーの日程も、もうほとんど終わりに近い。なんとなく寂しい気分になってしまう。

 ラベンタの野外博物館はバスでホテルからすぐの所にある。バスの中で「蚊がすごく多いみたいですから気をつけてください」と宮下さん。っっっげーー。蚊なんていないと思ったから虫除けスプレーなんて持ってこなかったよー。ちくしょー、もっと早く言ってくれよなー。と心の叫びをあげても始まらない。またもや回りの人のお世話になって、スプレーをかけてもらった。最初は「なんだ、そんなにいないじゃん」と思っていたのも束の間。どんどん蚊が湧いてくる。ここの蚊はウシュマルの蚊とは違って、どちらかというと日本の蚊に近い。それだけに刺されるとすぐに腫れてかゆくなるというタチの悪さ。僕も見学途中に何ヶ所か刺されてしまって、梅谷さんからウナコーワAのお世話になる。

 ここには各地の遺跡から発掘された彫刻などが置いてあり、有名なオルメカ文明の巨大な石頭などが野外に展示されている。森の中に展示されているだけあって、なんとも雰囲気が良い(蚊さえいなければ)。途中ワニの泉があったり、蟻が列をつくってフランボジャンの花びらを運んでいたり、カピバラみたいな動物がいたり、ジャガーのオリがあったりして、石頭だけが目玉じゃないねと結構感動していた(蚊さえいなければ)。それにしてもいろいろな石の彫刻がある。赤ん坊をいけにえに捧げるところをモチーフにしたものや、猿を彫ってあるのもあったりで、ゆっくりと散歩気分で歩きたい気持ちだった(蚊さえいなければ)。

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 なかなか虫除けスプレーが効かないみたいで、寄ってくる蚊を振り払いながらの見学。少しも心を落ち着けることはできなかった。ハンディカムを取っていても、カメラを持っている方の手に蚊がとまったりすると、もー大変。最後の最後で蚊にこんなに悩まされるとは思わなかった。非常な精神的圧迫を残したまま、メキシコ最後の観光は終わった。


何て言ってるんだろう…? (ケンタッキーフライドチキンにて)

 野外博物館を見学した後は、出発まで自由行動。昼食もツアーには含まれていないので自分達で取らなければいけない。僕達4人(もう「若者軍団」ということにしてしまっている)は、「湖に行きたいよねー」と言っていたのを実現させるべく、ホテルの真ん前の湖に向かった。ここが本当にメキシコなのかと思うほど穏やかな風景。噴水が涼しげな水を吹き上げて、爽やかな風が流れ、鳥は鳴き、おじさんはトカゲを追いかける………やっぱりメキシコだわ。しばらくここで写真を撮ったりハンディカムで撮りあったりしながら、ちょっとゆったりした時間を過ごした。今までのツアーの慌ただしさが洗い流されるような気分。

 ホテルと湖のすぐそばにケンタッキーフライドチキンがあったので、そこに行ってみることにする。いつ渡ったらいいのかわからないような信号を、親切なドライバーの合図で渡り、ケンタッキーに入る。日本人4人で入ったので、店員になんとなく奇異な目で見られたのが印象に残っている。全員ペプシと、僕はフライドチキンのバーガー、梅谷さんはアップルパイを頼んで、お金を出す………と、店員が何か言っている。もしかしてお金が足りないのかと思ったけど、どう考えても大丈夫。こっちがわからない顔をしていると、向こうもあれこれと説明しようと努力してくれている。それでもやっぱりわからない。なんかお金の事を言ってるようなんだけど…。店員もみんなレジの回りに集まって来ちゃって、成り行きを見守ってる。全員お手上げの顔をしていると、レジの店員が自分の荷物からコインを出して、「これ、これ」と言っているような気がする。あ、そっかーーー! このままだとお釣りが細かくなっちゃうから、端数分のコインがないかどうかを聞いてたんだ! 「わかったけど、そのコインはない」とジェスチャーで答えると、「じゃあ仕方がない」といった雰囲気でお釣りを渡してくれる。他に客が並んでないときで良かったよ。でもなんだか楽しい冒険だったな。向こうの人達もみんな一所懸命対応してくれてたし。なんだかドッと疲れたけど、時間が迫っていたので大急ぎでハンバーガーを食べて、ペプシは手に持ってケンタッキーを後にした。


まるでおもちゃ箱をひっくり返したような市場

 ホテルから空港に向かうべくバスに乗り込む。先程一人¥1,000円ずつ集めたガイドの宮下さんへのお礼を、米谷さんというおばあちゃんから宮下さんに渡す。なんだか宮下さんは感動してウルウルしてたみたい。宮下さんのありがとうの挨拶に、みんな拍手を送る。本当に色々とガイドして回ってくれて、メキシコやマヤの歴史を説明してくれて、歴史に弱い僕も今回の旅行のお陰でちょっとは時代の流れがわかったような気がする。しかも数々のエクストラ・ツアー。ツアーに組み込まれていない場所も、宮下さんのご好意で案内してくれたもんな。本当に「感謝!」という感じ。

 お礼に感動した宮下さん、最後の最後でもう一度エクストラ・ツアーを企画してくれた。Villahermosaのダウンタウンに行って、市場を見学させてくれるのだという。そういえばメキシコに来てから庶民の市場には行ったことがない。バスを止めて大勢で市場に乗り込む(少し恥ずかしかったけど)。

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 市場の中はエネルギーと活気で一杯だった。衣料品や食料品を売っている場所、レストランぽい場所なんかもあり、まるでおもちゃ箱をひっくり返したようだった。もしスペイン語が話せたらこの市場なんかは楽しいだろうなぁと思ってしまう。簡易レストランのような所では人々が大きなボウルのようなものから何かを食べている。覗き込むのも失礼なので何を食べていたかは不明。また食料品売り場では豚の体を全て解体したものを売ってるし。日本は魚を残さず調理するのが上手だけど、メキシコはこういった家畜を残さず使うのが上手なんだそうな。牛の原型を留めた肉の塊を運んで行く人とかを見た時にはダイナミックだと思ったなー。焼いたトルティージャを売ってたり、魚をブツ切りにして売ってたり、とにかくなんでもありありの世界。タイのチェンマイで訪れた市場もこんなエネルギーに満ちていたことを思い出す。とにかくスゴイ。旅の最後でこういう所に来れてよかったー。宮下さんにまたまた「感謝!」。


ええっ? もう間に合わないぃ…!

 市場を後にして、Villahermosaの空港から一団はMexico Cityへと飛び立った。Mexico Cityの空港では梅谷・沢田迷子事件があり一瞬ヒヤッとしたが、両名は自力で集合場所まで到達。冒険できてよかったね。いよいよ宮下さんともこれでお別れ。長い間本当にお疲れ様でした。「今度は新婚旅行で来てね」との言葉に思わず「だははは」と答えてしまう。出会いがあれば別れがあるのは当然だけど、やっぱり寂しいものは寂しいよね。

 でも寂しがってはいられない。乗り継ぎの僅かな時間の間に土産を買い込まなければいけない。免税店でメキシコ土産をいくつか買ったんだけど、レジが超遅い。いちいちコンピュータに入力する上に、操作しているお姉ちゃんがあまり手慣れていない。しかも僕の順番の時にはプリンタがジャムってしまって、それでまた時間をロスしてしまった。集合時間が刻々と近づいてくるわ、一向に処理は終わらないわで、かなりハラハラドキドキさせてもらった。特にドキドキだったのは後ろの方に並んでいた沢田さんやHOBだろう。「えー、もう間に合わないよぉ」との悲痛な叫びをあげている。結局HOBは別のレジでやってもらったんだけど、順番的に最後。沢田さんも、T/Cの扱いに慣れていないオペレータのせいでだいぶ手間取ったみたい。結果的に全部レジを通過したときには、集合時間をオーバーしていた。まあ柿沢さんに「少し遅れます」といったことは伝えておいたから大丈夫だったけど。女性軍には先に行っててもらって、HOBと2人でゲートまで走る! ……が、行き過ぎそうになって、まるでアニメのような方向転換をしてやっとみんなと合流できた。

 Los Angelesの空港までは約3時間半ほど。飛行機の中ではお約束のウォッカを2本飲んで$8也。途中、窓から砂漠のような場所が見えたりして面白かった。そんなこんなで、ちょっといい気分になってアメリカまで帰ってきたのだった。


ダブルベッド? なんでやねん

 空港に着くと、JTBの係員の人が僕達を出迎えてくれた。これからバスでLos Angeles Airport Hiltonまで約5分の道程。バスの中ではホテルのカードキーの説明で、米谷おばあちゃんの痛烈なヒットが続出。詳しくは書かないが、どうも米谷おばあちゃんはJTBの係員の人が気に入らないらしい。

 ホテルに到着。それぞれが部屋に散らばって行く。僕達も自分達の部屋である3131号室に行く……と、えっっ? ダブルベットが一つ?? なんでやねん。「みんなコレなのかなぁ」ということで、梅谷・沢田両嬢の所に確認に行くとやはりツインになっている。これは部屋を替えてもらわないと、ということでフロントの所にいた柿沢さんに部屋の変更をお願いした。新しい部屋はなんと最上階の17階。エレベータには "Towers Guests Only" と書いてある。……もしかしてこのフロアってVIP用じゃないの? とか言いながら部屋に到着すると、なるほど、少しだけ高級な感じがする。後でホテルの案内を見てみると、やっぱりここは契約した人しか泊まれない場所らしい。ツインの部屋がここしか空いてなかったのだろう。柿沢さんには「他の人には内緒にしてくださいね」って言われたけど、すぐに梅谷さんと沢田さんを電話で呼び出しちゃう僕達って一体…。

 沢田さんに「僕?」と電話で答えられて困っちゃったりした後、二人が僕達の部屋に遊びに来た。二人の部屋からだとホテルのプールしか見えないんだそうな。僕達の部屋からだと、あまり賑やかではないにせよ、ホテルの回りの夜景が見える。ここでもしきりにハンディカムで撮りあっちゃってたよね。まぁこの日はあまり長くは話はせずに、すぐに別れて寝ることにした。かなりの長旅で疲れてたしね。この旅の最後の夜、でもすぐには寝つかれなかった。

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by alexsea | 2001-02-09 07:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)
マヤ文明の遺跡たち: 一番美しいといわれる遺跡 … パレンケ
一番美しいといわれる遺跡 … パレンケ 7月1日(木)

プロペラ機なんて初めてだぜっっ


 この日はまずVillahermosa(「ビジャエルモッサ」と発音するらしい)に飛行機で飛んで、その足でパレンケ(Palenque)の遺跡を訪れる。Meridaの空港で待っていると、えらくハデなプロペラ機が僕達のゲートの前に…。「えっ? あのプロペラ機に乗るの?」とはしゃぐ若者達。しばらくゲートで待った後、飛行機に乗り込む(HOBがトイレに行ってたので、沢田さん達に窓際の席を取っておいてもらった)。

 プロペラ機は案外揺れが少なく、狭い機内はなんとなく冒険気分にさせてくれる。窓から見える景色は、Merida周辺では一面の緑だったのが、しばらく飛ぶと海上に出る。カリブの海の色は一色ではない。いろんな青が等高線みたいに様々な模様を作り出している。約2時間のフライトの後、景色が湿地帯に変わった。そろそろVillahermosaが近いらしい。空から見る湿地帯の風景はとても無気味。水の色は青だったり茶色だったり黄色だったり、それが地上の緑色と混ざって、えもいわれぬ不思議な風景を見せてくれる。こういう無気味な風景って好きだな、僕は。

 Villahermosaに着いた時には湿気の多さを肌で感じることができた。すぐにバスに乗り込み、一団はパレンケの遺跡へと向かう。飛行機の後のバスの長い旅はかなり疲れた。みんなほとんど眠っていたみたいだけど。所要時間約2時間で、バスはパレンケの遺跡の近くまで到達した。遺跡観光の前に近くのレストランで昼食をとり(なんだか串刺しのバーベキューみたいなヤツ)、パレンケの遺跡へといざ行かん!


壮大な遺跡とパレンケ宇宙人説

 パレンケの遺跡の前には、いつものように土産物屋が店を並べ、その横には白いシーツを着たような(これが民族衣装らしい)子供(青年?)達も矢じりのようなものを売っていた。とりあえず土産物は後回しにして遺跡の入口を通り抜ける。

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 うっそうとした緑の向こう側に、碑銘の神殿が少しずつ見えてくる。この名前は、神殿の内壁にマヤ文字がビッシリと描かれていることからついたものらしい。とても大きくて立派なピラミッド。チチェン・イツァのエル・カスティージョにも見劣りはしない。さすが「最も素晴らしい遺跡の一つ」と言われるだけのことはある。宮下さんの説明を聞いた後、例のごとく上に登ってみる。階段の段数は69段。頂上に登ると、ここも見晴らしが素晴らしい。パレンケの遺跡を一望に見渡せる。右の端に太陽の神殿、正面には宮殿が見える。広さ自体はそれほどないが、遺跡がコンパクトにまとまっている印象を受ける。碑銘の神殿の頂上からは、ヒスイに覆われたパカル王の墓まで階段が続いている。ここからあの有名なヒスイの仮面なども発掘されたのだ。ちょうどエル・カスティージョとは逆で、頂上から神殿の内部に下りていく。急な階段だが、エル・カスティージョの内部よりも湿気は少なく、暑くもない。まさにダンジョンという感じで、心が躍動する。階段を下りきると、三角形の扉の向こうにパカル王の墓があった。骨は研究のためどこかに運ばれているらしくそこにはなかったが、石棺のフタはちゃんと存在していた。この石のフタ、普通は縦に見るが、これを横にしてみると真ん中の人物が宇宙船を操縦しているかのようにも見えるらしい。ハンディカムを片手に、傾けてみる……と、なるほど! やっぱりそう見える。人物が目の前の機械のようなものを操作しているような絵になってしまう。この石のフタの絵は、本来どういう意味を持つものなのだろうか? 本当に機械を操作しているところを描いたものなのか、または僕達のただの勘違いなのか、あるいはどちらにも見えることを意図して描かれたものなのか。当時の人に聞いてみたい気がしてならなかった。

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 後で気づいた(というか再認識した)んだけど、ここって「墓」なんだよね。階段を降りたときに妙に嫌な雰囲気を感じたのは、そのせいだったんだろうか? かなりはっきりとその時の感覚を覚えているんだけど……。


物見の塔は雨宿りの塔?

 碑銘の神殿の後は宮殿へと向かう。太陽の神殿は現在閉鎖されているそうで、HOBがかなり残念がってた。宮殿には寝室や裁判所のような場所、おまけにトイレまであって、本当に宮殿だったんだなと感じさせてくれる。とても立派な造りで、こんなに部屋がたくさんあってベッドまで残っているなんてスゴイ。宮殿の一部にある、天体を観測したとも物見の塔だとも言われている塔に登った。塔までの道も綱渡りみたいで結構恐かったけど、ここの階段もかなり急。4階建ての最上階まで登ってみると、ここも見晴らしがとても良い。ガイドブックの写真はここから写したものなのだろう。……と、「ザー」という音が辺りに響いてくる。げっ、雨だ。本当にこっちの雨は突然降り出すから困る。でも建物の中に入っているときだったからラッキー。この塔で雨宿りをすることにする。しばらくすると雨も上がり、観光は続行された。

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 ここでも拍子抜けしたのが、蚊がいないこと。湿気が多い上にうっそうとした森の中だからたくさんいると思って、体中虫除けスプレーをかけてきたのに、虫はほとんどいないみたい。なーんか裏目裏目に出てるような気がするよなー。ま、いないにこしたことはないけど。

 確かにパレンケの遺跡はすごかった。ここに来る人は誰もがこういう印象を受けるだろう。あんなに大規模なピラミッドと宮殿が、ほとんど倒壊せずに残っているなんて、結構スゴイことだと思う。僕もこれほどまでに強いインパクトを受けるとは思ってもいなかった。今回の旅行での「遺跡」を見るのはこれが最後ということもあって、帰るときは本当に名残惜しかった。


部屋でおしゃべり

 パレンケの遺跡を後にして、ホテル(Hyatt Villahermosa)へと向かう。途中大雨が降り出したり、虹が見えたりで、退屈な旅ながらも色々と驚かされることが多かった気がする。特に虹は、僕にとってのラッキーシンボルなので、きっとこれから何か良い事があるに違いないと思った。

 ホテルに戻ってから、しばらく体を休めた後、ホテルのレストランで夕食。ここでもワインをボトルで頼み、ちょっといい気分になっちゃったな。メキシコでの最後の夜ということもあり、夕食後は梅谷嬢・沢田嬢のいる部屋にHOBと遊びに行った。HOBはそれまでに何度かタバコを吸いに(本当にこれが目的かぁ??)遊びに行ってたみたいだけど、他の人の部屋に入るのはこれが初めて。しっかりハンディカムを持って遊びに行った。ケーブルテレビのUSAはここVillahermosaでもやっていて、4人で『ジェシカおばさんの事件簿』を見たり、MORというビデオクリップばかり流しているチャンネルを見ながらいろんな話をしたんだよね。職業とかの話になって、「でさ、看護婦なの? 医者なの?」とか聞いたら、「医者なワケないでしょ」との答え。二人ともやっと看護婦であることを白状したのだった。二人とも北海道から来ていて、特に梅谷さんは最北端らしい。成田に来るまでの間も結構な旅行だったのだそうな。帰りも飛行機で北海道まで行った後、夜行で帰るということを聞いて思わず同情。でも北海道って良さそうだよなー。

 やっぱり同年代(繰り返すが彼女達の年齢は未だに謎である)の人達と友達になるのって、結構好きだ。それも同じ興味(この場合はメキシコの遺跡)を持っているので、それだけ話が弾む。4人でワイワイ話したあの時間で、やっぱりツアーで良かったなという気持ちがプラスされたのだった。
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by alexsea | 2001-02-09 06:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)
マヤ文明の遺跡たち: 今回のメインディッシュ … チチェン・イツァ
今回のメインディッシュ … チチェン・イツァ 6月30日(水)

エネケンから繊維を作る工場見学


 今日はいよいよ待望のチチェン・イツァ(Chichen Iza)の観光。心を躍らせてバスに乗り込む。バスは直接チチェン・イツァには行かずに、途中である工場に立ち寄った。この工場は、竜舌蘭の一種のエネケンというものから繊維を取り出すところで、工場のそばに行くとそれだけでアロエを潰したときのような匂いが広がっていた。全てベルトコンベアのような流れ作業。まずトラックからエネケンが降ろされてコンベアに並べられ、そのエネケンが機械で潰されて繊維のみが抽出されて、それをローラーで搾って出来上がり。一瞬にしてエネケンが繊維になるところはまさに圧巻そのもの。このエネケンから取れた繊維は、Meridaの名物であるハンモックやバッグなどに利用されるらしい。工場の前の土産物屋では、エネケンの繊維から作ったらしいバッグなんかを売っていて、観光客で賑わっていた。

 この工場に来るまでの道も、工場からチチェン・イツァまでも、道の横は全て灌木のジャングル。背の低い草や木ばかりで何もない。最初は一面に広がる緑に感動したけれど、ずっと見てると飽きてしまって、チチェン・イツァまではほとんどウトウトしてたような気がする。そして、バスは待ち焦がれていたチチェン・イツァに到着した。

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さぁて、いよいよ…!

 チチェン・イツァの入口は遺跡だということを感じさせないくらい明るく観光地化されていた。入口を入ってすぐの所に、コンピュータで日付をマヤ暦で計算して、それをマヤ文字でプリントアウトしてくれるサービス(US$15也)があり、早速僕も誕生日を申し込んでおいた。遺跡観光が終わった頃にはできているのだという。

 遺跡に入って一番最初に目に入ったのは、エル・カスティージョ。別名ククルカンのピラミッドとも言われ、チチェン・イツァで一番有名な遺跡だと思う。このピラミッドにはマヤの暦が隠されていて、一年が365日であること、一年が18ヶ月で分けられていたこと、太陽暦と宗教暦の最小公倍数が52年であることなどが、ピラミッドの造りに組み込まれている。今まで見てきたどのピラミッドよりも均整の取れた形をしていて、損傷も少ない。とても立派で綺麗なピラミッドだ。やっぱりこのピラミッドを見るにつれ、「やっとチチェン・イツァに来ることができたんだなぁ」ということを実感してしまう。

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 エル・カスティージョに登るのは後回しで、今度は隣の競技場へと向かう。競技場は、宗教的な儀式のための競技を行うもの。手を使わずに足や肩などを使ってボールを壁の穴に通すという、サッカーとバスケットボールを合わせたような競技だったらしい。そしてその勝ったチームのキャプテンがいけにえとして捧げられたのだという。競技場の壁にはそれを裏付ける彫刻がなされている。この解説を宮下さんから聞いていたときに、突然のスコール! 片手にハンディカムを持っている僕は大慌て。バックパックの中には傘が入ってるんだけど、それを出すまでの間にハンディカムが濡れてしまう…。仕方なく帽子で雨から守りながら、HOBに背中のバックパックから傘を出してもらって、ようやく一安心。梅谷・沢田両嬢もハンディカムを雨から隠すのに必死だったみたい。競技場の端の木の下でしばらく雨宿りをしていると(そういえば雨の中、競技場をランニングしている人がいたなぁ。あれってどこの人なんだろう。観光客? まさかね)、間もなく雨も止み、太陽が照り付けてきた。

 雨上がりに宮下さんの解説を聞いて、一同はツォンパトリへ。ツォンパトリとは、たくさんの骸骨の彫刻がされている台のようなもので、この上にいけにえとなった人々の頭蓋骨を飾っておくためのものだったらしい。一面に彫刻された骸骨は、照り付ける太陽の中でも、とても無気味な印象を与えた。ツォンパトリの前にはかわいい小さなヘビもいたな。

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 ツォンパトリを見た後は、ジャガーと鷹の台座をちょっと見て、一路セノテへと向かう。セノテまでは10分ほど歩かなければならない。先程降った雨の湿気と照り付ける太陽の暑さで、不快な事この上ない。森の中のような道を、横に転がっている崩れたチャックモール達を見ながら歩く。不思議だったのが、これほどムシムシして暑いのに蚊がいないこと。まるで前日のウシュマルでの蚊の攻撃が嘘のようだ。今日は蚊に刺されまいとして長いジーンズをはいてきたのが裏目に出てしまった。逆にウマイのが梅谷さん。彼女は今日は半袖・短パン姿で、少しは涼しそう。悔しいぜっ。10分ほど歩いて到着したセノテは、聖なる泉・いけにえの泉というに相応しいくらい荘厳な雰囲気をたたえていた。緑色をした水面がかなり下の方にある。ここにいけにえとして投げ込まれた人は一体どのくらいいたのだろうか。とにかく、ここはただの泉と呼ぶにはあまりにも不思議な雰囲気を持っていた。他の人は感じなかっただろうか?

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 セノテに後ろ髪を引かれながら、エル・カスティージョの前まで戻ってきた。これからいよいよ自由行動が始まりそうだ。


えっっ? たった30分??

 「それじゃあ、今から30分時間をあげますから、色々と見てきてください」と宮下さん。思わず耳を疑ってしまう。若いもん連中と顔を見合わせて「えー? たった30分??」。30分でエル・カスティージョとその内部、競技場の上、戦士の神殿の4つも見られるわけがない。ツアーだとこういう所で融通がきかない。時間を無駄にしてもしょうがないので、とりあえず優先順位の高いものから見ていくことにする。

 まずはエル・カスティージョの内部。ククルカンの顔の彫刻のすぐ横から内部に入れる。中に既に人が入っているらしく、少し待たなければならなかったが、5分程待って(ということは自由行動の1/6の時間を損したことになるのか)、やっと中に入ることができた。中は照明で照らされているとはいえ、暗くジメジメしていて、ずっと上まで続く階段はとても滑りやすかった。 でもマヤ・アーチの階段が上まで続いている風景は感動だったなー。まるでダンジョンを探検してるみたいで、本当にカッコよかった。内部の階段を登りきると、柵が下りており、その向こうにヒスイの目のジャガーとチャックモールが置いてあった。特に感動したのはジャガーのヒスイの目。大きな丸い薄緑色の2つのヒスイがジャガーの目に組み込まれている。スゴかったなー。あのジャガー欲しかったなー。

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 さて、エル・カスティージョ内部の階段を降りた後は、今度は外のピラミッドの登頂だ。ハンディカムを片手にずんずん登って行ったんだけど、あれほど段数を数えようと思っていたのにコロッと忘れてしまった。ちゃんと92段あるかどうか確かめようと思ってたのに。興奮しすぎてたのかな。頂上からの風景には「すっげーー!」の言葉しか出なかった。ゲーム『太陽の神殿』に出てきた世界が眼下に広がっている。ここにあのゲーム音楽が流れていたらどんなに素晴らしかっただろうかと、ちょっと悔やまれてしまった。一回りしてみると、チチェン・イツァの遺跡の配置がよくわかる。マヤの時代にはとても栄えていた場所なんだろうな。そんなことを考えながら、ゆっくりしている暇もなく、エル・カスティージョを駆け下りて戦士の神殿へと向かう。暑さと疲れで、持ってきたミネラルウォーターが生命の水のように感じられた。

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 戦士の神殿は、有名なチャックモールがあるところ。回りは千本柱の間という、柱に囲まれた場所。神殿の上に登ってみると、ガイドブックやテレビでよく見るチャックモールがあった。このチャックモールの上に生きた心臓を置いて、神々の世界への道を開いたのだという。チャックモールの横で下を眺めてみると、千本柱の間がスゴかった。等間隔に並べられた柱が、本当に千本もあるのではないかと思うくらいたくさん立っている。この柱の上には天井があったのだが、時間とともに天井だけが崩れ落ちて、今のような柱だけの姿になったらしい。ここから見るエル・カスティージョの姿も素晴らしかった。

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 許された30分ぎりぎりまで粘ってから、戦士の神殿の近くの集合場所に行くと、他の人達はみんな集まっていた。結局闘技場の上からの景色を見ることができなかったのがとても残念だった。でもオジサンやオバサンって、いくら疲れるからといって、遺跡を存分に楽しまなくていいのかなぁ?


体力の限界に挑戦

 集合した後はみんなで旧チチェンへと向かう。この頃になると、疲れと暑さとでみんなだんだんと無口になってくる。僕もほとんど体力の限界を感じていた。あれくらい歩き回るくらいなら普通はどうってことないんだけど、それにあの蒸し暑さが加わるともう大変。体中から汗が吹き出ている。疲れのせいか少し頭痛もするみたいだ。でもここはチチェン・イツァ。今、頑張って見学しないでどうする。ってことで、なんとか気合で喝を入れたのだった。

 まず最初に行ったのはお待ちかねのカラコル。『太陽の神殿』では確かここに銀の玉を置くと、太陽の光がそれに反射して千本柱の間の柱の一本が光るんだよね。んで、そこを調べると根元に赤い玉(だっけ?)が埋まってるんだ。現実のカラコルは天文台も半分崩れていて、観測していた場所には行けないみたいだった。裏にまわったときにカラコルの上から下りてきたアメリカ人に、「ここから登ればとてもいい景色が撮れるよ」と言われて早速登ってみた。……のはいいんだけど、まるで魔法使いのピラミッドの時のような恐怖の再来。上に登ると言っても階段も何もなく、瓦礫の山を登るだけ。おまけに途中に「ここから先に登ると危険かもしれません」との注意書きがある。ええい、ままよ。ということでどんどん登っていく。でもどこが頂上かわからない。しかもなんだか「本当にここって登ってよかったんだろうか?」と思うような所に来てしまっていた。とりあえず上からHOBに声をかけてハンディカムで下を撮ったりしたんだけど、足場も不安定であまりにも恐くて、回りの景色を見ている余裕がなかったように思う。アドバイスをくれたアメリカ人は一体どこまで登ったんだろう? 早々に降りてきてしまった。

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 カラコルの次は尼僧院から教会へ。尼僧院は登ったり中に入ったりはせずに外から見ただけなんだけど、後で映画『カリブの熱い夜』を見直してみると、ここの中は結構カッコいいらしいんだよな。あーあ、もっと自由時間があったら中に入ってそれに気づけたのに…。教会と名付けられている建物の壁に彫られている「神」と呼ばれている4つの動物(アルマジロ、巻き貝、亀、カニ)の彫刻などを見ながら、チチェン・イツァの観光はこれにて終了。みんなで出口へと向かう。

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 うーん、はっきり言ってものすごく心残りだった。自由時間が2時間くらいあったなら、あちこちの建物に入って色々な冒険ができたのに…。特にチチェン・イツァに魅かれて申し込んだツアーだったから、ガッカリもひとしお。帰るときには「もう一生来れないのかな」とか思ってたけど、なんだかだんだんとまた行きたくなってきた。この間なんかはもう一度チチェン・イツァに行った夢まで見ちゃったし。きっと近いうちにカリブ海のリゾートも兼ねて、絶対にもう一度行く。その時には思う存分色々な場所を見学して、遺跡の中で昼寝とかもしてみたいと思う。何故かチチェン・イツァには魅かれてならないんだよね。もしかすると前世のどこかで、あそこに関係した人間だったのかも……?


マヤの人々の実際の暮らし

 遺跡の近くのレストランで昼食を済ませ、土産物をいくつか買った後、バスで帰途についた。帰る途中で、典型的なマヤ人の家を見せてくれるらしい。ここは観光用に開放された所ではなく、本当に人が住んでいる家で、その人のご好意で見学させてくれるのだという。バスが止まったのは、かなり小さな村の一角にある家の前。陽気なおばさんが僕達を迎えてくれた。伝統的なマヤの家というのは、土台が楕円形をしており石造りで、人々はハンモックで寝る。家の中に入ってみると確かにハンモックが吊るされている。冷蔵庫などの電気製品も最近は入っているが、家の中は簡素そのもので、その上とても狭い。直径5mくらいの円の中に全て収まってしまいそうだ。この家の中に大勢の家族(10人弱って言ってたかな)がみんな生活するんだそうだ。寝る時にはほとんどみんな重なって寝るらしい。日本ではちょっと考えられない話だ。家は狭いが外は広く、ニワトリ、七面鳥、牛、ブタなど、様々な家畜を飼育していて、オレンジやグレープフルーツの木も育てている。敷地全体としては日本の平均的な家よりも広いんじゃないかな。水は井戸から組み上げてタンクに溜めて使うんだそうな。うーん、スゴイ。こういう家で、みんなどんな食事をしてどんな生活をしてるんだろうか。

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 確かにここは感動した。まさか実際の暮らしを目の当たりにできるとは思っていなかった。こういうところはツアーの強みなんだよね。ガイドさんのコネでなんでもできるんだから。ま、ツアーには良いところもあり、悪いところもあると。そういうことですね。


Los Almendros 再び

 帰りはまたまた宮下さんのエクストラ・ツアーで、Meridaのソカロ広場と政庁舎の見学。ソカロ広場には以前来てたけど、昼と夜じゃ雰囲気が全然違うもんね。政庁舎ではやはりマヤの歴史を描いた絵を見学して、バスでホテルに戻った。

 夕食に行くためにバスに乗ると、なんと前々日に僕とHOBとで行ったLos Almendrosというレストランに行くのだという。最初Los Almendrosに食べに行った時に、「ツアーでまたここに夕食に来たりしてね」とか言って笑っていたのだが、それが本当になってしまった。笑い転げたよなー。でもあそこは本当に美味しかったから何度行ってもいいかもしれない。

 レストランでは全てのメニューがお任せになっている。「この間食べたヤツって『地球の歩き方』でもオススメだったから、もしかして…」と思っていたら、案の定僕が以前食べたものと全く同じ、Sopa de LimaとPanuchos Yucatecosが出てきてしまった。これも大爆笑。でもSopa de Limaはもう一度飲みたいと思ってたからラッキーだった。今回はそれにもう一つ。トルティージャと、タコスに入れる具のセットが出てきた。この具を好みに応じてトルティージャに巻いて、それにいろんなスパイスをかけて食べると、もー最高! 「あぁ、もう死んでもいいかも…!」って感じ。スパイスは結構辛いんだけど、元々辛いのは好きだし、それにその辛さがトルティージャに合うの合わないのって…。幸福感の絶頂という感じだった。ただ量が多すぎたのでかなり残してしまったけど。HOBは自分のは全部食べてしまったので、僕が食べられなかった分もあげたんだけど、やっぱり少しは残してたみたい。でもあれが全部食べられるなんてスゴイ。

 幸せ気分に浸った後は、ホテルに帰ってすぐに寝てしまった。今夜はMeridaでの最後の夜。明日からはまた別の土地での遺跡探検が待っている。
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by alexsea | 2001-02-09 05:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)
マヤ文明の遺跡たち: 攻撃的な蚊
攻撃的な蚊 6月29日(火)

ガイドブックにも載っていないカバーの遺跡


 Meridaでの2日目。この日はカバー(Kabah)の遺跡と、ウシュマル(Uxmal)の遺跡、それにメリダ考古学博物館を見学することになっていた。ウシュマルの遺跡の方はどんなガイドブックにも載っているのに、カバーの方は全然載っていない。規模が小さいからなんだろうか。

 Merida市街から約2時間。ウシュマルの遺跡を通り越して、バスはカバーの遺跡へと向かう。バスの中で宮下さんが言ってたけど、本当にユカタンの人々はみんな一様に似た特徴を持っている。ずんぐりむっくりの体形で、首がほとんどない。壁画に書かれているマヤ人のような特徴を全て兼ね備えているようだ。大昔からユカタン人の血は守られていたのだろうか。

 カバーの遺跡に到着。ビデオカメラの料金を払い、カバーの遺跡に入る。やはり前日のテオティワカンに比べれば本当に小規模な遺跡。1時間もあればゆっくりと見学できるだろう。ここで印象に残っているのは、マヤ・アーチの建造物と、その回りに施された雨の神チャックの彫刻。象の鼻のように上に向かってカールしているチャックの像は、雨乞いのしるしなのだという。ユカタン半島の内陸は石灰岩大地で、海は遠く河もなく、雨が唯一の水の供給源。その雨に対する熱望がそのまま雨の神チャックへの信仰だったのだろう。この後わかったことだが、ウシュマルのチャック像の鼻はここのチャック像とは逆に下に向かってカールしている。これは雨が降ったことに対する感謝の気持ちを表す形らしい。ガイドの宮下さんの説明を聞かなければたぶん見落としていたであろうこともたくさんあった。こんなときはツアーの便利さを痛感してしまう。まぁ、カバーの遺跡はこれから始まるマヤの遺跡へのイントロダクションといった感じかな。1時間くらいで切り上げて、ウシュマルに行くべくバスに戻った。

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蚊・蚊・蚊と魔法使いのピラミッド … ウシュマル

 カバーの遺跡の後はバスで10分ほど来た道を戻り、ウシュマルの遺跡へ。到着して歩いて行くと目の前に突然そびえる魔法使いのピラミッド。魔法使いによって1日で建てられたという伝説が残っているが、実際にはかなりの年月をかけて建てられたものらしい。階段がかなりの急勾配で、ロープがわりの鎖が階段にかけられている。とにかく登ってみる。コワイ、恐すぎるっ。手をつかなければ登れないほどの急勾配で、階段も幅が狭い。後ろを振り向く勇気はなかった。階段の途中(下から全行程の2/3くらい登った所)に穴が開けられているが、これは中に前の時代のピラミッドが確かにあったということを示すために、研究者によって開けられたものだという。そこから残りの1/3の階段を登り切って頂上に到着! 下を見下ろすと……よくこんな所を登ってこれたなぁという感じ。ピラミッドの裏側にまわってみると、そりゃもう恐いのなんのって、これがハンパじゃない。ピラミッドの高さ、足場の狭さ、風の強さで、もうほとんど映画『ダイ・ハード』のBruce Willis状態。高い所でこんなに恐かったのは、もしかすると生まれて初めてかもしれない。高さにだいぶ慣れた頃に回りを見渡してみると、絶景が広がっていた。灌木のジャングルの中に点在するウシュマルの遺跡群、その向こう360度全てに霞んだ地平線が見える。危険を冒してまで登ってきて(そんなに大袈裟じゃないけど…)本当に良かったと思った。帰りはピラミッドの裏にあるもう一つの階段を使うことにした。表の階段よりも段数は少なく、それだけに傾斜が急なのだ。さすがに鎖につかまらずに下りることはできなかったけど。

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 魔法使いのピラミッドの次に訪れたのが尼僧院(近くにはイグアナが何匹かいたりして結構楽しかった)。尼僧院は本当は何に使われていた所かは未だに不明だけど、部屋がたくさんあるので尼僧院と名付けられているらしい。中庭をぐるっと取り囲むように建っている4つの建物は、それぞれ基段の数が違っていて、それ故に高さも異なる。基段の高さが高いほど高級な場所なんだそうな。なるほど、確かに基段の高さが低い建物は、浮き彫りなんかもちょっと貧弱な感じがする。尼僧院から球技場に抜けるマヤ・アーチの内部には、赤い手型がいくつもついていた。これは天から神が下りて来た時につけたという伝説があるらしいが、本当の意味はわからない。ただ当時のマヤ人の手型なんだと思うと、なんとなくその時代がすごく近くに感じられて不思議な気分だった。

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 次は亀の家の前を通り、大ピラミッドへ。この頃から攻撃的な蚊とのし烈な戦いが始まった。大きめの蚊がブンブン飛んでいて、しかも盛んにアタックしてくる。この日は間が悪く短パンをはいてきてしまい、それに成田空港で買った虫よけスプレーもホテルに置いてきてしまっていたため、梅谷嬢にスプレーを借りるしかなかった。スプレーでガードしていても、奴らの攻撃は一向に衰える気配を見せない。ちくしょう、虫ごときに遺跡観光を台無しにされるなんて…!

 大ピラミッドは、魔法使いのピラミッドに比べて全然登りやすかった。階段数も少なく、高さもそんなに高くないのだろう。しかし頂上から見渡したウシュマルの遺跡は絶景この上なし!(蚊の攻撃は続く…) よくガイドブックに出てくるウシュマルの遺跡の写真は、このアングルから撮られているものが多いようだ。ここから尼僧院を見ると、基段の高さが違うために、全ての建物を見渡せる。マヤ人はこんなことも計算して作っていたのであろうか。

 大ピラミッドに登った3人(僕、HOB、梅谷嬢。沢田嬢は今回はパス)を待って、一行は総督の宮殿へ向かう(蚊の攻撃は一向に止まない…)。総督の宮殿は大きな建物で、浮き彫りも一段と見事だ。スペインの侵略によって首から上を切り取られた彫像が、建物の入口のすぐ上から見下ろしている。建物の前にはジャガーの玉座(「地球の歩き方」にはチャックモールって書いてあったけど、玉座の方が正しい雰囲気)。オスとメスのジャガーが後ろで繋がっているというもの。その玉座のすぐ前には男性のシンボルの彫像(?)もあることから、子孫繁栄を願ったものらしい。ウシュマルでの観光はここが最後。みんなで出口に向かい(蚊の攻撃が激しい…)、昼食に出発する(やっと蚊から逃れられる! ふぅ…)。

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まるでリゾートのような…

 ウシュマル観光後の昼食は、遺跡近くのホテルでとった。このホテルは魔法使いのピラミッドに登ったときにも頂上から見えて、遺跡とは違ったオレンジ色の建物がポツンとあるので何なのかと疑問に感じていた。昼食のメニューはチキンを頼んで、ビールを飲んだ。食べ始めてから気づいたんだけど、手足が全然かゆくない。あんなに蚊に群がられて、通常なら刺された所がすごく腫れてかゆくなるだろうに、この時は全く何も感じなかった。刺されてないのかなとも思ったけど、ホブがつぶしてくれた蚊は僕の血をタップリ吸ってたもんな。日本の蚊とはどうも性格が違うらしい(でも何日か後にかゆくなることを僕は後で知ることになる)。今回の昼食はデザートもついていて、結構満足。

 この食事の時に梅谷さんや沢田さんといろいろ話をして、職業でポケベルを鳴らされることがあると聞いて、「もしかして看護婦?」と沢田さんに聞くと、「言ったの?」と梅谷さんが沢田さんに尋ねている。沢田さんは首を横に振って「ポケベルは他の職業でも持つでしょ」とかごまかしてたけど、どうも図星らしいことはなんとなくわかってしまった。二人は同じ職場ではなく、しかし同じ職業らしく、学生時代に知り合ったということを聞いたので、二人の出会いはもしかして看護婦学校かな? 他に「花とゆめ」の愛読者だという話とかでも盛り上がった(HOBは「わからねー」って言ってたけど)。知り合ってまだ間もないのに、共通の話題で盛り上がれるって結構いいよねー。

 レストランのすぐ脇には水色に輝くプールがあって、そのずっと向こうにウシュマルのピラミッドが見えている。素晴らしい景色に、みんなワイワイはしゃぐことしきり。「まるでリゾートに来たみたいだね」とか言いながら、みんなで記念写真。ここのプールで泳ぎたかったけど、時間もないし、水着もないし、実は水にはゴミがいっぱい浮いてたりで、残念ながら諦めた。でも遺跡を眺めながら泳ぐなんて贅沢、なかなかできることじゃないかも。

 リゾートのような昼食をとった後は、バスで一路Merida市内へ! 蚊との戦いと遺跡観光とでかなり疲れていたらしく、バスの中では気絶したように眠ってしまった。気がついたときにはもうMerida市内だった。


メリダ考古学博物館

 メリダ考古学博物館はホテルのすぐそばにあった。概観がとても豪華。残念なのがカメラやビデオカメラが一切禁止なこと。他のもっと大きな博物館でも許されていたものを、こんな小さな博物館でダメだなんて、なんだか変な気がしたけど仕方がない。

 博物館の中はこじんまりとしていて、冷房もなく(扇風機のみ)、まるで普通の家に博物館をとってつけたかのような感じがした(実際そうなんだからしょうがないけど)。ここにはユカタン半島の遺跡から発掘された様々な品々が陳列されていた。発掘品じゃないけれど一番目を引いたのが、マヤ暦の計算方法。2つの歯車を噛み合わせたような絵がパネルに書かれていて、月の名前なんかもちゃんと書いてある。マヤ暦に関してすごく興味がある僕としては「あぁ…ここでビデオカメラが許されていればちゃんと録れるのにぃ…」と悔しくてしょうがなかった。ここでちゃんと資料を手に入れられれば、マヤ暦のことをもっと知ることができたのにな。あとは特に目を引くものはなかったような気がする。遺跡観光でとにかく疲れてたし、早くホテルに帰ってマクガイバーを見たい気持ちで一杯だったし(こらこらメキシコまで来てテレビを見ててどーする)。まぁとても小さな博物館だったので、一通り目を通した後、ホテルに帰ったのだった。


あぁ久々のマクガイバー

 ホテルに帰って一番最初にしたことはテレビをつけること。最初はUSAのチャンネルが映らなくてどうしようかと思ったけど、少し経ったら映るようになって一安心。マクガイバーもちゃんとやってるやってる。ストーリーはちょっと陳腐だったけど、相変わらずマクガイバーの「閉じこめられ癖」は直ってなくて安心した。やっぱりあれがなきゃマクガイバーじゃないよね。

 マクガイバーの後はホテルで夕食。この日のメニューは分厚いステーキ! 最初にコーンクリームスープみたいなのが出てきて、乳製品のダメな梅谷嬢はひきつってたなー。ステーキはかなりの量があったけど、ここでもメキシコのワインをボトルで頼んで、ワインで流し込んだって感じ。あまり肉が得意じゃない柿沢さんが分けてくれたステーキは、ついに食べられずに残してしまった。ごめんなさい。

 てなわけで結構波乱万丈な一日も終わり、次の日のチチェン・イツァの観光に備えて眠りについたのだった。HOBは女性陣の部屋にタバコを吸いに行ってたみたいだけど(ウチらの部屋は禁煙だった)。
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by alexsea | 2001-02-09 04:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)
マヤ文明の遺跡たち: 夢にまで見たピラミッド
夢にまで見たピラミッド 6月28日(月)

テオティワカンの大ピラミッドと二人の若い女性陣


 このツアーに来る約1ヶ月くらい前に「今度ここ友達と来るんだ。まずいなー、今見ちゃったら感動が薄れちゃうよ」と夢の中で言っていた、テオティワカン(Teotihuacan)の遺跡はMexico Cityの郊外、車で約1時間の距離にあった。前日は遺跡そのものにはお目にかかれなかったけど、この日からはこの旅行のハイライトの遺跡観光が始まる。バスの中からピラミッドの一部が見えたときには本当に感動した。実際に到着してみると、圧巻そのもの。夢の中で見たピラミッドと、どこか似てはいるけれど、確実なリアリティで迫ってくる感じ。夢で見たとはいえ、感動は全く薄れなかった。

 まず最初にケッツァルパパロトルの宮殿をちょっと見た後、死者の道の最北端に位置する月のピラミッドに登りはじめる。「登られない方は下で待っていてください」という宮下さんの声に、「このために来たんだから登らなきゃね」と若い女性陣の一人、梅谷嬢と声を交わす。やっぱり年が近い(彼女達の年齢はいまだに謎だが)だけあって、とても話し易い。前の日には少ししか話すことができなかったが、やっぱり同じ遺跡に興味を持っているということで、話せてとても嬉しかった。他のオジサン・オバサン達は一癖も二癖もありそうだし。もう一人の女性は沢田嬢。彼女達はどちらもハンディカム(最新機種のTR2。いいなー)を手にしていて、後でテープを交換するのだという。ふーむ、いい考えかもね。今回僕もハンディカムを持って行ったんだけど、自分はあまり出演しなかったし。ま、そんなこんなで月のピラミッドに登り始める…と……。なんだこれ。結構キツイ。階段の幅が少し狭いので、ちょっと横を向いて登らなきゃいけない。しかも急。少しバランスを崩したらまっさかさまかもしれない。中腹まで登った時が一番恐かったかな。やっとこさ頂上まで辿り着くと、死者の道を中心とした遺跡が眼下に広がっていた。うーん、爽快この上なし! ただ、Mexico City自体が海抜2200m以上の高地にあるので、階段を登った後は息が切れてしょうがなかった。心肺機能はちょっと弱めの僕だからなおさらかも。でも爽やかな風に吹かれながら広大な遺跡を眺める気分は本当に最高だった。沢田嬢にはかなりキツかったらしく、ゼーハーしてたなー。しっかし登らなかった人達って、なんのための遺跡観光かわからないよな。もったいないよねー。

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太陽のピラミッドとボラドーレス

 月のピラミッドを降りた後は、HOBと梅谷嬢と沢田嬢と僕の4人で、ハンディカムを撮り合いながら死者の道を南下して太陽のピラミッドへ。宮下さんによると、死者の道は南に行くほど少しずつ下がるように人為的に作られていて、太陽のピラミッドの頂上と月のピラミッドの頂上が同じ高度にあるように設計されていたのだという。そういう説明を聞く度に感動してしまう。「太陽のピラミッド」とか「死者の道」というのは、発掘後つけられた名前だから、当時は人々はどんな呼び方をしていたんだろう。またどんなことにピラミッドを使っていたんだろう。そんなことを考えながら約5分の距離を歩いて、太陽のピラミッドに到着。…やっぱり高いぜ。世界で3番目に大きいピラミッドなんだって。月のピラミッドと違って、所々に踊り場のようなものがあるんだけど、頂上まで登るにはかなり疲れそうだなー。でも登ることには変わらないんだから、さっさと行っちゃえ!って感じで、かなり早いペースで頂上に登った。月のピラミッドに優るとも劣らない大景観。吹き出た汗を強い風が乾かしてくれる。Mexico Cityから近いだけあって、各国から観光客が来ていたみたい。気持ちいいの一言に尽きるって感じだった。僕はカメラは持って行かなかったので、HOBに写真を撮ってもらったりして、しばらくしてから下山(?)した。土産物の売り子が結構うるさかったけど、ピラミッドとか遺跡の雰囲気は荘厳そのものだった。

 太陽のピラミッドの後はケッツァルコアトルのピラミッド。このピラミッドは現在も修復中らしく、登ることができるのは一部分だけだったが、上から見てみるとケッツァルコアトルと雨の神チャックの石像がかなりリアルに修復されている。昔の人がどんなに雨を大切に思っていたかがなんとなく伝わってくる。今回の遺跡の旅は、まるで雨の神を追いかけているかのような旅だったのだから。

 さて遺跡観光も終わり、バスに乗り込み昼食に向かおうとすると、インディオ達のショーを一人$1で見れるという。オバサン達はバスから見るからいいとか言って払おうとしないので、困った柿沢さん(添乗員のお姉さん)は自腹で払ってくれたみたい。ったくワガママなんだから、オバサン達。そのショーというのはボラドーレスというもので、高い柱の上から4人の男がロープで逆さ吊りになりながら回転して降りてくるというもの。回転するに従って柱に巻き付いていたロープがほどけ、どんどんロープが長くなってついには地面まで到達するという仕組み。実はこのショーにもマヤ暦が隠されているらしい。4人の男達は柱の回りを正確に13回転して降りてくる。13×4=52。これはマヤの260日周期の宗教暦と365日周期の太陽暦との最小公倍数である、52年周期を表しているらしい。とするとこのボラドーレスというものも、一種の宗教行事だったのだろうか。こんなショーを見れるとは思っていなかったので、ちょっと得した気分になった。柿沢さん、ありがとう!

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 バスに乗り込んでテオティワカンを離れ、5分ほど走ったところのレストランで昼食をとった。バイキング形式で好きな物を取り、それをトルティージャに巻いて食べるというもの。チリをかけてピリッとさせると美味しかった。食事を終えて外に出てみると、雨が降っている! でも見る見るうちに止んで、太陽が照り付けてきた。うー、雨が降った後カンカン照りになると、湿気がスゴイんだよなー。まあこの後レストランの隣にある土産物屋で時間をつぶしたり(何も買わなかったけど)、竜舌蘭が昔どんな風に使われていたかなどの講義をちょっと受けたりして、バスに戻り、次なる地Meridaに行くべく空港へと向かった。


Merida で小冒険!

 Meridaまでは飛行機で約2時間半ほど。ユカタン半島の中心に位置するユカタン州の州都である。ちょうど時期が良かったらしく、街の中に立っている木々にはオレンジ色や黄色の綺麗な花が咲いていた。オレンジ色の花はフランボジャンと呼ばれ、黄色の花はマヤ語で「金色の雨」という意味の花なんだという。宿泊先のHoliday Inn Meridaに到着してテレビをつけると、見覚えのある顔が現れる…。えーっ? なんでメキシコで『マクガイバー(MacGyver)』やってるんだ?? マクガイバーといえば、2年前にサンフランシスコに居たときに、USAというケーブルテレビ局でやっていて毎日見てたんだよな。そのUSAがメキシコでも見られるなんて、こりゃちょっとした驚きだった。ちゃんとマクガイバーの後は前と同じく『ジェシカおばさんの事件簿(Murder She Wrote)』だったし。懐かしかったなー。

 そんなこんなでちょっと騒いだ後、HOBと二人でロビーのバーにウェルカムドリンクを飲みに出かけた。今夜の夕食はツアーには組み込まれていないので、自分達で探さなければならない。Tequila Sunriseを飲みながらHOBと決めた店は、「地球の歩き方」で推薦されていた、"Los Almendros"というレストラン。ソカロ広場の近くにあって、ユカタン料理がとても美味しいのだという。早速出かけることにする。

 Holiday Inn Meridaの一番の難点は、ソカロ広場など繁華街まで遠いこと。道は碁盤の目のようになっているのでわかりやすかったけど、車がみんな有鉛ガソリンを使っているらしいので、排気ガスの匂いがスゴイ。ちょうどタイとかでもこんな感じだったけど、しばらく道を歩いていると顔が真っ黒になってしまいそうなくらい臭い。最初は本当にこの道でいいのか?という不安があったが、なんとか目的のレストランまで辿り着くことができた。所要時間約30分。ここでは僕はユカタンのビールのモンテホ(Montejo)と、「地球の歩き方」で推薦されているSopa de Lima(ライムと鳥ガラとトルティージャのスープ)とPanuchos Yucatecos(チキンや玉ネギがトルティージャみたいなのに包まれているもの)を注文した。HOBは鳥肉の何かを頼んでたな。最っっ高に美味しかった。僕の頼んだ2つの料理は本当に絶品で、感動の極致に達してしまった。元来美味しい物を食べたり飲んだりするとそれだけで幸せになっちゃう方なんだけど、この時は「知らない土地で知らない言葉を使って知らない物を注文した」という小冒険的な喜びもあって、すごい感激だった。あれだけ食べて2人で¥2,000いかないなんて、スゴイよね。生演奏とコーラスもあったし、もう言うことなし!の夕食だった。

 夕食でいい気分になった後は、10分ほど歩いてソカロ広場へ。夜9時から民族舞踊が始まるのだという。行ってみるとちょうど始まったところらしく、市庁舎前に置かれている椅子はもう満席状態。民族衣装を着たカップルがたくさん出てきて、足でステップを踏んでいる。驚いてしまうのが、これが観光客のためではなく、市民のためだということ。ここらへんは昼間はとても暑いのでゆっくり休んで、夜涼しくなった頃から遊ぶのだという。立見でいい場所じゃなかったからゆっくりと見ることができなくてちょっと残念だった。ホテルまではタクシーを使った。ソカロ広場のすぐ脇にタクシー乗り場があったので、値段を聞いて乗り込む。値段は10ペソ。相場を知らないのでボラれているのかどうかもわからなかったが、取り敢えずOKして、ホテルへと向かう。後で宮下さんに聞いたら妥当な値段だったらしい。タクシーの運転手さんが面白いおじいちゃんで、片言の英語で話し掛けてくる。自分は66歳だとか、マヤ語が喋れるとか、日本の地名も少しは知ってるとか…。とにかく楽しかった。やっぱり旅で現地の人と知り合うのって、旅の醍醐味だよね。「日本には穴の開いたお金があるんだって?」との問いがあったので、最後にHOBから50円玉と5円玉のプレゼント。とても喜んでた。この日は本当に最後までいい気分になれた最高の一日だったと思う。「冒険」という面から見れば、やっぱりツアーじゃなくて自由旅行の方がよかったかなと、今更ながらに思ってしまうけど、ツアーでもこんな小冒険だったらできるもんね。というわけで、大満足のうちにこの一日を終えたのだった。

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by alexsea | 2001-02-09 03:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)
マヤ文明の遺跡たち: メキシコってばどんな国?
メキシコってばどんな国? 6月27日(日)

国立人類学博物館


 時差ボケでちょっとだけ重い頭を感じながら、メキシコでの最初の朝。これからいよいよ本格的な観光が始まる。シャワーを浴びて、朝食を食べ、観光のバスに乗り込む。

 宮下さんの説明を聞きながら、バスはホテルからチャプルテペック公園へと向かう。この中に、目指す国立人類学博物館があるのだ。チャプルテペック公園はものすごく大きな公園で、いくつかのブロックに分かれているらしい。メキシコでは雨は大変貴重で、メキシコの歴史の中で雨というのはほとんど神格化されているみたいで、公園のあちこちに噴水があり、また公園の地下にも雨水を溜めておくような施設があるらしい。またスポーツの公園としても有名らしく、ジョギングする人を数多く見かけた。公園の中にはアーティスト達が古代の遺跡を真似て作ったオブジェなどがあり、特に雨の神様をモチーフにした大きな噴水には圧倒される迫力があった。

 30分も走らないうちに国立人類学博物館に到着。本来ならビデオカメラを持っている人はそれなりの料金を支払わなければならないのだが、今回はその係の人が不在だったので、そのまま入口を通過してしまった。なんかアバウトだよなー。

 国立人類学博物館には、メキシコの様々な遺跡で発掘された芸術品が保管されている。これから遺跡を見て回ろうとしている僕達にとってはいい予習の材料になるだろう。でも博物館自体がものすごく広いところで、全部見て回ろうとすると丸々一日かかってしまうらしい。今回は宮下さんの説明つきで、主要な所だけを見ることになっていた。色々と見学して驚いたのが、全ての説明がスペイン語でしか書かれていないこと。世界有数の博物館だから最低英語での説明はあるだろうと思っていたので、これはちょっとショックだった。宮下さんのガイドがなければ全くわからなかっただろうな(もしかするとそのために入口の横にある売店で本を買うのかもしれない)。特に印象に残っているのが、全ての神々の母と言われるコアトリクエの像や、アステカの暦が刻んである太陽の石かな。コアトリクエ像は他の国から来た人にも感銘を与えていたらしく、前に立っていたイギリス人らしき人も「これを見れて本当に嬉しいなー」とか感動してた。すごく無気味な像なんだけど、それだけにとても印象に残ってしまう。後はやっぱりパレンケの遺跡から発掘されたヒスイの仮面かな。さすがにこれは有名なだけあって人が群がっていた。パレンケの遺跡を摸して作られた石棺もあったんだけど、これは本物の方が数百倍感動した。雰囲気からして違うもんねー。

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 色々と見て回った後、博物館の売店でちょっとした買い物。太陽の石の解説書とか、次の日に行くテオティワカンのちょっとした解説本とかを買い込んで、バスへと戻った。

 「なんで最初から日本食を食わにゃあかんねん?」とか思ったけど、ツアーに組み込まれてるから仕方がない。バスは博物館から、昼食のために「帝」という日本料理屋へと向かう。ここでは天ぷら定食みたいなものを食べたんだけど、一つ一つ出てくるのが遅くて、しかもあんまり美味しくなかったからちょっと残してしまった。そうそう、ここで本場のコロナビールを飲んだんだよね。アメリカや日本ではコロナにはライムかレモンが付き物で、ビンでそのまま飲むのが常識だけど、こっちでは全くそんなことは考えていないみたい。レモンもライムも無しで、普通のビールと同じくコップに注いで飲むものらしい。やはりあの飲み方はアメリカ的なのだろうか。最初から日本食でショックを受けた後、外に出てみてまたまたショック。雨が降っていた。


ソカロ広場やらグアダルーペ寺院やら土産物屋やら

 パラパラと降る雨の中、バスはソカロ広場へと向かう。ソカロという広場は、メキシコのどの街にもある中央広場らしい。バスの中で宮下さんが説明してくれていたが、Mexico Cityは地盤沈下がひどいらしい。Mexico Cityは湖の上に造られた都市なので地盤が弱い。その上に石造りの重い建築物を建てるものだから、沈むわ傾くわの大騒ぎ。確かにバスから見える風景はどことなく妙に傾いているような気配がする。ソカロ広場の回りの国立宮殿やカテドラルも傾いてしまっているのがよくわかった。後でカテドラルの中に入ってみたんだけど、床とかも地盤沈下で割れて、カテドラルの中は鉄パイプが組み上げられている。この鉄パイプは工事のためではなく、天井が崩れてこないための補強で、カテドラルが沈むに従って天井の位置を調整できるように長さが変えられるようになっているらしい。しかしいつかはこれらの建築物も沈下に逆らえずに崩れてしまうのだろうか。

 ソカロ広場は大きなメキシコの国旗が一本だけ立っているだけのただの広場。土産物を売っていたり大道芸をやっていたりと、まるで原宿のノリかもしれない。僕達一行は小降りの雨の中ソカロ広場を通り抜けて国立宮殿へと向かう。ここにはメキシコの様々な歴史を描いた壁画が一般公開されていた。宮下さんの説明とあいまって、これからのメキシコ旅行の前知識をここで得られたんじゃないかと思う。

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 一通りの壁画を鑑賞した後、バスは三文化広場の前を通り抜け、グアダルーペ寺院へと向かう。さすがに時差ボケとハードな観光スケジュールで、バスの中は80%が眠りについていた。僕も寝まい寝まいと思いながら少しウトウトしてたけど。グアダルーペ寺院は「奇跡の寺院」として有名な所。聖母像が浮かび上がったマントが祭られている寺院で、まるで博物館のように大きな寺院だった。なんとなくバチカン国を思い出してしまうほど、大規模なミサ。聖母が浮かび上がっているマントは、全ての人が見れるようにと、その前の道が動く歩道になっており、立ち止まることができないようになっている。「浮かび上がった」というにはあまりにもハッキリとしている聖母像。これが本当にただのマントに浮かび上がった奇跡の聖母像なのだろうか? ただガイドブックや説明には、科学的にも説明できない謎があるとは書かれているけど…。まぁ信じるか信じないかはその人の信仰心次第ってことですかね。

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 この後は(やっぱりツアーと提携していると思われる)土産物屋に直行。何か買おうかとも思ったけど、あまりにも一般的なものばかりで面白くない。その土産物屋の後も、メキシカンオパールの店に行っちゃうし。オバサン方は喜んでたみたいだけど、僕達には時間の無駄としか思えなかった。ただ街の中心をバスで走っているときに目にした、国旗を窓から出しながら走っている車。これはこの日のサッカーの試合でメキシコが勝利したので、それを祝って若者がやっているのだという。確かに時間が経つにつれて国旗の数が多くなって、独立記念塔の回りにはサッカーファンらしき若者がたくさん集まって旗を振り回していた。すっごくカッコよかったな。日本だったら国旗を振り回すのは右翼くらいなのにね。


ジャケット? 聞いてないよぉ

 さてさて長い一日も終わりホテルに戻る。今夜の夕食は「本場メキシコ料理」らしいが、なんとすごく高級な所なのでジャケット着用が必須なんだそうな。っげー、そんなのってないよー。遺跡の観光がメインのツアーにジャケットを持ってくるバカがどこにいるんだよ。確かにツアーの説明書には「レストランによっては男性はジャケットが必要になる場合がありますので、お持ちになることをお勧めします」って書いてあったけど、「必須」とは書いてなかったし、まさかそれがツアーに組み込まれてるなんて想像だにしないよな。仕方がないので、ジーンズの上にHOBから借りた衿付きシャツを着てレストランに臨んだ。入口ではやはり服装をチェックされて、レンタルでジャケットを借りなければいけないようなハメになりかけたが、この日は日曜でインフォーマルOKの日だったらしく、その格好のままで大丈夫だった。…でも結果的に大丈夫だったからといっても、なんとなく気分が悪かったな。服装のチェックがあるところって個人的に一番嫌いだし。まあそこで夕食をとったんだけど、間違って注いでしまったワインをまたビンに戻すとか、「すごく高級なレストラン」の割にはなーんか変な事もしてたみたいだけど。ま、食事自体はまあまあで、初めて飲むメキシコワインも美味しくて良かったけどね。結局ワインは一本空けたんだけど、疲れのせいか時差ボケのせいか、いつもよりも酔いが回っていたので、ホテルに帰ったらすぐに寝てしまった。やっぱり時差ボケで明け方に目が覚めちゃったけど。
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by alexsea | 2001-02-09 02:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)
マヤ文明の遺跡たち: 未知なる国へ、いざ出発!
未知なる国へ、いざ出発! 6月26日(土)

事の始まり


 そもそも旅行ってのは、行きたいと思っていてもなかなか行けないこともある。行けない理由というのは、時間や金がないことだったり、一緒に行く人がいないことだったり様々だけど、今回の旅行もなかなか行けなかったものの最たるものに入るだろう。

 メキシコ…というかマヤ文明の遺跡はずっと以前から見に行きたかった。きっかけは今回一緒に旅行したHOBGOBLIN(小橋)と同じ、『太陽の神殿』というアドベンチャーゲームだった。これは僕が大学生の時に日本ファルコムという会社が発売していたもので、メキシコはユカタン半島のチチェン・イツァという遺跡を舞台にして、太陽の鍵というものを探し求めるというゲーム。素晴らしいメロディーラインの音楽と意地悪すぎるストーリーに、僕もかなりハマっていたものである。何故だかわからないが元々遺跡には興味があったので、この時に行きたいという気持ちが芽生えたのだと思う。具体的にアクションを起こしたのは1991年の夏に仕事でサンフランシスコに3ヶ月滞在していた時で、ジャパンタウンにある紀ノ国屋で「地球の歩き方」のメキシコ編を買ったのである。しかしそれから約1年半は一緒に行きたいという人が見つからず、何の行動も起こせなかった。一人で旅行する気にはならなかったし。

 1992年の終わり頃だったかな、HOBと遊んでいたときにメキシコの話が出て「それじゃ二人でチチェン・イツァに行こうぜー」ということになったのである。話を更に具体化したのはHOBの方。今年(1993年)の3月くらいにJTBのツアー(『マヤの神秘 ユカタン半島 遺跡のすべて9』という得体の知れない名前のもの)を見つけてきて、僕もそのツアーに異論はなかったし、時間的にも都合がよかったので申し込むことにした。その時に決定したポイントは次の2つ。

* チチェン・イツァの観光が1日あること(半日以下でないこと)
* ビーチ・リゾートと抱き合わせでないこと

 値段は時期的に一番安いものでも¥473,000とかなり高かったが、やはり一生に一度は行ってみたい場所というわけで、ちょっとフンパツしてしまった。アクションを起こしてから約2年の月日を経て、メキシコの遺跡観光はようやく実現したのである。


出発当日

 さて出発当日の6月26日(土)。HOBとは新宿駅南口の小田急線改札口で昼の12時ちょうどに待ち合わせて、成田エクスプレスで空港に向かった。今回は初の成田空港の第2ターミナルからの出発。行ってみると以前の成田空港の雑多な雰囲気とは違って、アメリカなんかの空港とやっと同レベルくらいになったかなという印象を受けた。まず第2ターミナル駅に着いてすぐに旅行保険に加入し、まだ集合までには時間があったので、レストランでとんカツを食べたりして時間をつぶした。

 集合時刻に集合場所に行ってみると、そこにはオジサンやオバサンの列がズラリ…。彼らの荷物を見てみると "JTB/MAYA 9" の札がついている。………まぁ若い連中ばかりなワケはないとは思っていたが、まさかこれほどご年配の方々だらけとは思わなかった。これから9日間もこんな環境で生きていけるのだろうかと、ふと不安がよぎる。と、その時、同年代くらいの女の子2人が同じカウンターに来るのを発見。彼女達の荷物にも "MAYA9" の札がついている。なんとなくホッとしたが、やはり不安感は拭い去れなかった。添乗員の人が若い女の人だったので、それもまた少し心を軽くしてくれはしたが。

 Mexico Cityまではダイレクトには飛ばず、Los Angelesを経由する。17:05発のDL078便に乗り込…んだのはいいが、天候を関知するシステムに異常があってメンテナンスで少し遅れるという。まあ少しくらいならいいかと待っていると、今度はエンジンに異常があるという。一瞬ざわめく機内。おいおいー、大丈夫なのかよー。3年前にフォトンでアメリカに行ったときに、Seattleで乗り継ぎのフライトがキャンセルされてしまったことを思い出した。フォトンのメンバーと旅行をすると、こういうことがいつも起こるのだろうか? 約1時間後に全ての問題が解決し、何事もなかったように飛行機はLos Angelesへ向けて飛び立った。約10時間のフライト。機内では "Home Alone 2" を上映していたが、酒のせいでとても眠たくて、映画を観るどころではなかった。

 順調なフライトの後、予定より約1時間遅れてLos Angeles空港に到着。乗り継ぎまでには時間があるので、ちょっとした市内観光がツアーに盛り込まれている。2年前に一人でLos Angelesに来てはいるが、今回はハンディカムも持っているぞということでとても楽しみだった。ところが税関を通り抜けようとしたときに僕だけ呼び止められ、いろいろと質問されてしまった。

「メキシコに何しに行くんだ?」

えっと、観光です。

「何ドル持ってる?」

(えっ? 成田で両替したばっかりで何ドルかは忘れちゃったよー)

「何ドル持ってるんだ?」

ちょっと待って。財布を見てみるから。(ゴソゴソ)

「いや、見なくていい。何ドルなんだ?」

(うー、なんだこいつ) 日本円で¥20,000だから、約$180くらいかな。

「(HOBを指差して)お前は行け。(僕に)メキシコでは何を買うつもりだ?」

え? お土産です。

「ドラッグを買うつもりじゃないだろうな?」

(げげっっ) もちろん違いますよ。

「本当か?」

本当です!

「もし買ったとしてもアメリカには持ち込むなよ。いいな」

(!!! ……… なんだこいつぅ)

 全く失礼なヤツだった。最初から強気でどんどん質問してくるし。なめんぢゃねぇぞ、このバカ、って感じ。入国するときに仕事と間違われたときもあったけど(フォトンの時)、ドラッグを買いに行くと思われたのは今回が初めて。ツアーのバッヂを付けてなかったからかもしれないけど、あの態度は許せないよなー。


Los Angeles のミニ観光

 そんなこんなで僕だけ一波乱あったんだけど無事に全員アメリカに入国し、乗り継ぎのフライトまでの間、Los Angelesのミニ観光が待っていた。

 大阪弁を話す、なんとなく面白い雰囲気の吉田さんというガイドさんの案内でバスに乗り、昼食をとるためMarina Del ReyのThe Ritz Carlton Hotelに向かう。やはり最高級なホテルだけあって、雰囲気からして全然違う。オジサンやオバサン達と観光客丸出しで入るのはやっぱり少しためらわれた。そこでビュッフェ形式の昼食をとり、少しだけホテルの回りを散策してみた。2年前にLos Angelesに来た時にもMarina Del Reyには来てるんだけど、場所が違っていたみたいだし地図もなかったので、自分がどこにいるのかさっぱりわからなかった。バスに乗っているときに見た道の名前には見覚えがあったけどね。特に車で間違えて入ってしまった道は鮮明に覚えていた。それと、やっぱりカリフォルニアだけあって、ローラーブレイダーがたくさんいたのが印象に残っている。

 昼食後は市内観光。バスはBeverly HillsからRodeo Driveを抜けてHollywoodへと向かう。以前来たときにはちょうど日曜日でRodeo Driveが休みだったのであんなに賑わってるとは知らなかった。“Pretty Woman”を観た後ということもあって、一段と思い入れが強かったし。Hollywoodに行くまでの道もSunset Blvd.だったので、以前その道を車で走ったことを思い出した。前に泊まったホテルが見える前に道を曲がってしまったのでちょっと残念な気はしたが、行った時期も同じだけあって、雰囲気はそのままだったような気がする。Hollywoodではお約束のChinese Theater見学。Tom Cruiseの手型・足型が入る場所がちゃんとリザーブされていたのは驚いた。翌日の正午にTom Cruiseが来て手型・足型を取るんだそうな。見たかったなー。Hollywoodの後はLos Angelesのダウンタウンに向かい、Japan Townへと。Japan Townは初めてだったけど、思ってたより小さかったのが印象的だった。ここでしばしの休憩をしたんだけど、やっぱりツアーだからここらへんの店と提携してて、マージンを貰ってるのかななどと想像してみる。そうじゃなきゃあんなにたくさん時間をとらないよ。買い物に熱中してたオバサン達もいたみたいだけど。

 ほとんどがバスの車窓からの観光も終わり、Los Angelesの空港へと向かい、Mexico City行きの飛行機に乗り込む。目的地までは約3時間半のフライト。ちょっとビックリしたのが、この便ではアルコール類が有料なこと。ウォッカが$4なり。国際線と国内線では全然待遇が違うんだよね。$8使ってウォッカソーダを2杯飲んで、ちょっと眠って、目指す地への到着を待ちわびた。Mexico City到着直前に見えた夜景がとても印象的だった。まるでフォトンでアメリカ遠征したときのNew Yorkの夜景のようで、息を飲むほど綺麗だった。


Mexico City 到着!

 飛行機は予定通りの時刻にMexico Cityに到着。そこで簡単な入国審査を受け、税関を通り(ここで面白いのが、調べる人を信号機みたいなもので無作為抽出していたこと。これでひっかかったオバサンはかなりブツブツ言っていた)、メキシコでのガイドの宮下さんに連れられてバスに乗り込む。空港の感じは、フィリピンのマニラ空港のそれとほぼ同じ印象を受けた。フィリピンよりももう少し整然としてたけど。

 バスは夜のメキシコの街を走りながら、目的地のHotel Nikko Mexicoを目指す。バスの中では宮下さんの諸注意。生水を飲んじゃいけないとか、観光だましに気をつけろとか、一般的な事が多かった。15分ほど走った後、バスはホテルに到着。さすが高いツアーだけあって、ホテルもかなり立派。今まで自由旅行ではこんなにいいホテルに泊まったことはほとんどなかったので、なんとなく無駄遣いをしたような気分になってしまう。HOBと二人分のカードキーを貰って、やっとこさ落ち着ける部屋に到着。この日はかなりのハードスケジュールで結構疲れてしまっていたので(他のオジサンやオバサン達もかわいそうなくらい疲れた顔をしていた)、部屋に入ってすぐに寝てしまった。HOBはシャワーを浴びるだけの余力が残っていたみたいだけど。
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by alexsea | 2001-02-09 01:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)
マヤ文明の遺跡たち (1993)
Ruins in Mexico
マヤ文明の遺跡たち
June 26, 1993 - July 4, 1993


未知なる国へ、いざ出発! 6月26日(土)
メキシコってばどんな国? 6月27日(日)
夢にまで見たピラミッド 6月28日(月)
攻撃的な蚊 6月29日(火)
今回のメインディッシュ … チチェン・イツァ 6月30日(水)
一番美しいといわれる遺跡 … パレンケ 7月1日(木)
攻撃的な蚊 (Part 2) 7月2日(金)
旅の終わりのLos Angeles空港 7月3日(土)


記事の下の"<<"リンクを辿っていくと、時系列で読めます。
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by alexsea | 2001-02-09 00:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)
FinalSpin in Chicago: 「とうとう来ちゃった最終日」
8月7日(金) 「とうとう来ちゃった最終日」

 とうとうシカゴでの最後の朝が来てしまった。楽しかった一週間の旅行もこの日で終わり。なんだかものすごく長い旅をしたような気もしたし、たった2~3日の小旅行をしたような気にもなっていた。ボルティモアで過ごしたときと全く同じく、シカゴのみんなにすごく歓迎されて、本当に楽しい旅だった。旅行で何が一番楽しいかって、僕にとっては現地の人々と知り合えるのがやっぱり最高なんだと思う。

 ホテルで荷作りを済ませた後、いつもと同じく(思えばダウンタウンでは「欠かさず」だったなぁ)Rock'n'roll McDonaldで朝食を済ませてホテルに戻った。KerryやLaurie達が車で空港まで乗せて行ってくれる予定なのだ。僕はいつものようにKerryの車に乗せてもらったんだけど、荷物は入りきらないからLaurieの車に置いてもらったんだよね。フォトンの話とかダンスフロアの話とかをしながら空港に向かう。

 空港に到着してチェックインカウンターの前で他のみんなを待っている間に、Kerryが「関節ワザ」を見せてくれた。両手をつないだままで頭をくぐらせて一回転させるってヤツなんだけど、これがスゴイ。関節が柔らかくなきゃ絶対にできない(だから彼のコードネームは"Joint"なんだって)。とにかく一見の価値はあるので、興味のある方はビデオを参照あれ。関節ワザを終えたら、向こうのみんながKerryを指さして「ウシ、バカー」とか口々に言ってたのがものすごく笑えた。

 最後に向こうのみんなにメッセージをもらったんだけど、Laurieなんかは「あなた達が来てくれて本当に嬉しかった」って言ってくれてた。本当にお世話になっちゃったのに、向こうから「来てくれてありがとう」とか言われると感動してしまう。フォトニアンっていい人達が多いんだよなー。ボルティモアといいシカゴといい、いい友達をたくさん作れて最高に幸せだと思う。後ろ髪を引かれるってこのことだよなーとか考えながら、みんなとお別れをして、搭乗ゲートに向かったのでした。


「免税店を求めて三千里」

 搭乗ゲート前に到着したのはいいんだけど、出発までにはまだちょっとは時間がある。それじゃ免税品を買いに行こうぜってことになって、先発隊で店を探しに出発した。先程のチェックインカウンターのあたりまで行って空港の地図を眺める…と…、このウィングには免税品店が存在しない!! かなり離れたブロックまで行かなければならないことが判明して、一同茫然。世界一大きな空港なのに、あんなに少ししか免税品店がないなんてサギだよー。でもやっぱり免税品の酒は買わなきゃいけないので(日本に帰ったその日にすぐに会社の人の家で飲み会があるもんだから)、仕方なく世界一大きな空港を走りまわることにした。…全部で1kmくらいはあるんじゃないかなー。空港の果てまで早歩きで行くと、もう20分近く経過してしまっている。「時間に間に合うのかよー」という不安がわきあがり始めた頃、やっとこさ免税品店らしきものを発見。でもすんげー小さい店で、あまり種類も置いてない。この際贅沢は言ってられないってことで、そこらの高そうな酒を一本買い込んで、もと居たゲートまでダーッシュ! 先発隊でこんなに時間がかかってしまったので、後発隊はあまり時間がなかったと思う。ゴメンね。でもあんなに遠いなんて予想してなかったんだもん。

 搭乗が始まってしばらくした頃、後発隊が買い物から戻ってきて、みんな揃って搭乗した。あとは離陸を待つのみ。搭乗したらなんだかホッとしてしまって、急に眠気が襲ってきた。もうろうとした意識の中で、飛行機は日本に向かって離陸していた。


「Flying back to Japan!」

 いつも思うんだけど、帰りの飛行機って、行きより余計に時間がかかるくせに早く着く感じがするのはなぜだろう。これから帰るんだっていう安心感から、ぐっすり眠れるからなのかな。今回も例外ではなくそう感じた。飛行機の中で飲んだり寝たり映画を観たりしてたからなんだろうけどね。飛行機の中での映画上映は、最初は題名を忘れたけどなにかの裁判モノ。ジョン・ベルーシとかが出てたんだよな。あまり真剣には見てなかったけど、裁判のシーンとかは面白かったと思う。2本目の映画は『フック』。これは日本で観たんだけど、本当に面白かったんで期待してた。ぶるまとかにも「絶対面白いから」って勧めてたんだよね。日本語音声も字幕もなかったのでナンだったけど、やっぱり楽しめた。やっぱりロビン・ウィリアムスは良い。

 最後の食事だったかな。ビーフかチキンか選べるのがあって、最初チキンにしようと思ってたら、後ろに来たのを見ると椎茸が山ほどかかっている! しょうがないのでビーフにしようと待っていたら、ちょうど僕のところが最後だったらしく、もうチキンしかストックがないらしい。「絶対にダメなんだけどもうないの~?」とダダをこねても無駄で、仕方なくメインディッシュ以外(パンとかデザートとかサラダとか)だけを貰うことにした。向こうの人も心配して「それで足りる? 2セットあげようか?」とかもう1セット出そうとしてるから「そんなに食べられないからいい」と断った。アメリカ人じゃないんだからそんなに食わねぇよ。あ~あ、最後の最後でこんなワナがあるとは誰が考えただろうか。フォトンの旅はどうして飛行機の中で椎茸に遭遇する確率が多いんだろう。ボルティモアに行った時も最初の食事のサラダに椎茸が入ってたんだよね。この縁、どうにかしてほしい。

 椎茸に打ちのめされてほどなく、我等一団は成田空港に到着。飛行機を出ると、暑い暑い日本の夏が待っていた。


「旅の終わりに」

 こうして1週間のアメリカ遠征の旅は幕を閉じた。フォトンのアメリカ遠征には必ずトラブルが付き物と言われているが、今回の旅行ではトラブルは全くと言っていいほどなかったと思う。かなりラッキーだったのかもしれない。

 こうやって旅行を振り返ってみると、いつもながら向こうのフォトニアン達のホスピタリティに感動してしまう。普通に観光で行ったらあんなに友達はたくさん作れないし、あんなに色々な場所を紹介してもらうこともできないだろう。フォトンという共通の趣味を持ったからこそ、こんなにも親しくなれるんだと思う。こういう友達はこれからも大切にしなければいけないと思う。

 とか言いながら、Kerryに送るって言ってあるバイファムのビデオ、まだ送ってないんだよね。Yuさんと2人でボルティモアに行ったときに借りたフォトンのペーパーバックもまだ送り返してないし…。約束は早めに守りたいと思う。


 シカゴで良くしてくれた方々、本当にありがとうございました!
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by alexsea | 2001-02-08 07:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)
FinalSpin in Chicago: 「2階建てバスツアー」
8月6日(木) 「2階建てバスツアー」

 いよいよシカゴの旅も大詰め。フルに観光できるのはこの日が最後になってしまった。いつものようにRock'n'roll McDonaldで朝食を済ませた後、2階建てバスツアーに参加するべく、John Hancock Centerへと向かう。バスはもう来ていたので、料金を払って2階に上がり、特等席をとってしまった。ところが発車5分前になっても客は僕一人で他は誰もいない。一人だけのバスツアーになったらやだなーとか思ってたら、発車直前になって何人か客が乗り込んできたからちょっと安心。結局は途中でたくさん乗せたから大勢になったんだけどね。ドライバーのアナウンスを聞きながら、バスはシカゴの街を走る。観光ポイントをほとんどまわってくれるんで、予想以上によかったと思う。尾山さんみたいに、シカゴ観光の最初でこのツアーに参加するんだったな。最初にポイントを見ておいてチェックしておけば観光が楽になると思うし。道路の上から街を眺めると、普通に歩道を歩いている時と全く違った街が見えてくる。ほとんどはこの前日までに見た場所ばかりだったけど、とても新鮮に感じられたな。1時間ほどでツアーは終わってJohn Hancock Centerに戻ってきた。ドライバーにチップを渡さなきゃいけなかったらしいんだけど、忘れちゃって悪いことしたなー。今度行ったときにはちょっとフンパツしてあげよう。


「またまたBattleTech」

 満足のゆく2階建てバスツアーの後は、前日に予約したBattleTechを再度プレイしにNorth Pierへと向かった。North Pierではホブ達と偶然出会ったりしたんだよね。彼らはBattleTechをプレイしに来てたんじゃなくて、ただNorth Pierの中の店をまわってたみたい。なんでプレイしないの?ってホブに尋ねると「プレイするとハマりそうだから」だそうな。確かにフォトニアンでゲームプレイヤーなヤツにはピッタリかもしれない。

 カウンターに行くと前日にはなかったマニュアルが置いてあった。機種別の武器の説明やEnhanced Functionの使い方なんかが詳しく書いてあってすごくカッコよかったから気に入ってたんだけど、日本に帰るまでの間にどこかでなくしてしまったらしい。ちょっと残念だなー。でもプレイ画面をビデオに録画してくれるっていうサービスもあって、それはいい記念になった。難を言えば、そのゲームが最悪の点数だったこと。ビデオをプレイバックして見てみると、なんだか逃げ回ってるところしか映ってない。かなり激しい戦闘の中心を離れて周りをくるくる回ってるばかり。点数も原点を大幅に割った600点台と、お世辞にも良いプレイとは言えなかった。でもまあそれも後から見返してみればいい思い出だよね。

 この日はスタンダードモードだけじゃなくて、いろいろな拡張機能を試してみた。例えば赤外線ビジョン。これは敵の熱源を明るく映し出す機能で、画面全体が緑色っぽくなる。戦闘が激しい時にはどこに敵がいるかが一目でわかるから、かなり便利。ただ戦闘の中心から離れすぎてると、風景に紛れてしまってよくわからないのが残念。まーパワーユーザーしか使わない機能なのかなー。かつおくんは結構気に入ってたけど。拡張機能を使うときには、コックピットの上の方にあるスイッチをいろいろと押しまくるんだけど、これがまたカッコいいんだ。なんだか「エイリアン」の最後で主人公がシャトルに乗って脱出する時のことが思い出されて、いろいろなスイッチをON/OFFしているときはまさにその主人公気分だった(思えばフォトンも始めた頃はこうだったんだよなぁ)。こういう雰囲気をかなり大切にしているらしいところは、なかなかエライと思った。

 スコアは散々だったけど、その後みんなでワイワイ言いながらゲームログを見てる時は楽しいよね。結局3ゲームフルに楽しんで、シカゴでのBattleTechを終えたのでした。


「待ちこがれていたミシガン湖のクルーズだっ」

 BattleTechで楽しんだ後は、ずっと楽しみにしていたミシガン湖のクルーズ! 時間に遅れそうだったんで、BattleTechからずっと走って待ち合わせ場所のWrigley Bldg.前のクルーズ出発場所に行ったんだけど、まだ誰も来てなかった…。待つこと10分ほど、ようやくホブ達一行が到着。チケットを買って出発を待つ。

 待っている間にみんなの人気者になったのが、誰かが買ってきた「飛び出す」体の本。その名の通り、本を開くと骸骨やら内臓やらが飛び出してくる。かなり緻密に作られてるんでスゴイとは思うんだけど、やっぱりなんとなく気味が悪かったりする。その本にもまして面白かったのが、ホブが買ってきた"Wicked Japanese"というヘンな日本語の本。外国人と日本人の両方を対象としてあるらしく、文字通り「ヘンな」日本語しか書いてない。「このサシミ野郎! (You, cold raw fish without rice!)」とか、「このダシ汁で私を溺れさせるつもりですか」とか。使ったら絶対に「ヘン」と思われるような言葉しか書いてない。あれには結構笑ったなー。こういう本のお陰で待ち時間も楽しく過ごせたのだった。

 クルーズはシカゴ川から始まった。シカゴ川をどんどんダウンタウンの方に行くと、また別の角度からシカゴを見ることができる。Sears Towerのあたりまで行って引き返してきて、今度は水門を通り抜けて(結構待たされるんだ、これが)いよいよミシガン湖へ! ミシガン湖に船が出てから気がついたんだけど、あたりまえだけど潮の匂いが全然しない。これまで経験してきたクルーズは海だから潮の匂いがしてたんだけど、ミシガンは湖だからねー。湖をかなりのスピードで走る船、ほんっとに気持ちが良かった。湖からだとシカゴの街を一望できるんだよね。ビルの上から眺めた街とは全然違って、まるで絵ハガキの写真のような街並み。ミシガン湖のクルーズに来れて本当に良かったとまたまた感動。

 90分ほどのクルーズが終わり、いい気持ちで船を降りた後は(Aさんは気分悪そうだったけど)、みんなでホテルの近くのシカゴピザの店へと出発。かなり待たされたけど、ビールを飲んでたからまあ不満はなかった。でもKerryとの待ち合わせがあったんで、注文してピザが来るまでの間にホテルまで全力疾走してちょっと遅れるってことを伝えに行ったり。そして店に戻ってきてみるとピザはもう少し冷めていたりとか。少しは悲しい(?)こともあったけど、ピザは美味しかった。冷めてなかったらもっと美味しかったと思う。


「ローラーブレード買うの?」

 さてさて、この日の夜は最後だということでKerryが一緒に食事をしてくれることになっていた。ピザから帰ってみるとKerryとかつおくんは僕らの部屋にいた。まだ時間も早くお腹もすいていないということで(そりゃそうだよ、ピザを食べたばかりだもん)、しばし部屋で話をして、この日にBattleTechで録ってもらったプレイ中のビデオテープを再生してみることにした。ビデオとゲームログを見ながら、BattleTechについて話すことしきり。

 そろそろ夕食に行こうかということになって、まず始めの候補がHard Rock Cafe。これは前日のChicago Chop Houseのすぐ前で、かなり大きな建物。ホブ達も行くというので、みんなの分も予約しようと思って行ったら、もー激混み! 1時間以上待たされるというので、最初はOKしたんだけど、ちょっと待ってたらイヤになって結局キャンセルしてしまった。キャンセルしたことを言わなければいけないので、ローラーブレードを買いに近くのスポーツショップに行っているホブ達を追った。近くのスポーツショップは1軒しかなかったから、すぐに見つかったけどね。ホブはまだローラーブレードを決めかねていたので、決めるまでつきあうことにした。しっかしローラーブレードってピンからキリまであるんだなぁ。初めて値段を見たんだけど、やっぱり高いわ。ホブはその中でも安めのカッコいいやつが気に入っていて、サイズもピッタリということでそれを買ってた(実はこのローラーブレード、滑りにくいということで後日お払い箱になったみたい)。

 さてローラーブレードも買って一安心ということで、みんなで夕食の店を探すことにした。探すのはいいんだけど、あまりいい店が見つからない。仕方がないので、いいと「思われる」近くのドイツ料理の店に行くことにした。入ったときにはまあまあだと思ったんだけど、ウェイトレス(?)はおばさん一人で忙しそうだし、注文を取りにくるのは遅いし、ドイツ料理だからメニューを見てもよくわからないしで、なんだかイヤな予感がしてきた。料理は…んー、マズイってことはないんだけど、美味しいってこともなかったような気がする。今までの「アタリ」の毎日に比べたらちょっと「ハズレ」だったかなって感じ。Kerryは確か用事があるとかで途中で帰っちゃったんだよね。あっちこっち振り回しちゃってごめんなさい >Kerry。

 ホテルに戻ってからは、いつもの如く部屋でビールをみんな(ぶるまとか、かつおくんとか、要するにいつものメンバー)で飲んで、そのまま寝ました。
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by alexsea | 2001-02-08 06:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)