From Seattle, WA, USA
by Alex
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シアトル在住のAlexです。
ソフトウェアデベロッパーをやっていましたが現在は休憩中。日本にいるときには役者をやってたりしました。歌ったり踊ったり、食べたり飲んだりが大好きです。

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カテゴリ:旅行記( 442 )
ああ、憧れのカリフォルニア (1991)
California Dream
ああ、憧れのカリフォルニア
April 16, 1991 - July 24, 1991


 会社で長期出張が決まった。今回はシアトルではなく、カリフォルニアのシリコンバレーにある、同じ会社の違う部署。僕の中では、「アメリカ西海岸」といえばカリフォルニア、っていうイメージが強かったので、そこに行けることももちろん嬉しかったけど、今回は初めて小さな一つのプロダクトを完全に任されての出張。仕事の面からいっても、とても志気に溢れていたことを憶えている。

 サンフランシスコ空港に僕の上司と一緒に到着、一緒にパロアルト(Palo Alto)近くのメンローパーク(Menlo Park)という所にあるオフィスに向かう。窓から見える景色は、シアトルのそれとは全然違っていた。フリーウェイの両側に広がる枯草色の丘、その上で走っている馬。木の種類も全然違う。なんていうのかな、上手く言葉では言い表せないけど、「雰囲気」がまるで違う感じ。人に一人一人個性があるように、この土地にもシアトルとは違う個性を感じた。目にするもの全てが新しく、オフィスに着いたときに、向こうの人に「日本から着いたばかりだというのに、なんでそんなにフレッシュなの?」って微笑まれちゃった(笑)。

 オフィスはメンローパークにあるけど、これから暮らすアパートは、オフィスから車で20分ほどのマウンテンビュー(Mountain View)にある。パロアルトのレンタカ会社で車を借りて、上司の車の誘導でアパートに向かう…のはいいんだけど、運転するのはなんと88年にシアトルで免許を取ってからこれが初めて。あれほど緊張したのは生まれて初めてじゃなかったかな。アパートに着いたときには、緊張のあまり、アクセルやブレーキを踏む右足の腿のあたりが痛くなってたもの。事故こそ起こさなかったけど、さすがに3年近いブランクは本当にマジで怖かった…。

 アパートは後からやってくる小森くんという同僚も一緒に住むことになっているので、2ベッドルーム。でもこのアパート、共同エリアにプールはあるわ、ジャグジーはあるわ、レーニングマシンは置いてあるわで、結構スゴイ。会社が払う家賃を聞いたら、月$2,000だそうな(今だったら$3,000くらいいってるかもしれないな)。El Camino Realという目抜き通りからちょっと入ったところだし、周りにいろんなレストランもあるしで、すごく住みやすそう。これから始まるカリフォルニア生活にワクワクしていた。ここに着いてから、自分の心の中で決めてたことが、「毎日何か新しいことを1つする」こと。ランチで食べたことのないものを頼むのもいいし、帰りにいつもとは違う道を通るのもいい。とにかくどんな小さなことでも、新しいことを1つずつ毎日見つけようと思っていた。これは想像以上に面白かった。ヘタをすると安全圏に入り込んで単調になってしまうかもしれないアメリカ生活、自分自身の背中をちょっと押して、新しいことを経験させるっていうのは、かなり自分のためになったと思う。

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住んでたアパートの外観

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Menlo Parkのオフィス

 平日は仕事を頑張って、週末はサンフランシスコやモントレー、カーメルなんかを観光してた。スタンフォード大学やバークレーのキャンパスにも遊びに行ったし。5月のMemorial Dayの連休には、テキサスに出張していた友達のYuさんと二人で、ボルティモアまでフォトンをプレイしに行ったり(『The Bright Days』の中の『ボルティモアの休日』を参照)。そろそろ近場を行き尽くしたくらいのときに、会社の人に「ヨゥセィミティに行ってみたら?」と勧められる。最初はそれが何なのかわからなかったんだけど、「地球の歩き方」を読んでみると、なーんだ、ヨセミテ国立公園のことか。確かに写真で見るとキレイそうだしってことで、小森くんと一緒に日帰り(!)で行ってみることにした。朝6時ごろアパートを発ち、途中風力発電用の風車がスゴイって書いてあったアルタモントを経由してヨセミテに向かう。このアルタモントがものすごい! 何百という風車が丘の上に見えてきたときには本当に感動した。こんな景色は初めて。風車にも色々な形があって、ビュンビュン回ってるのもあれば、ほとんど止まってるものもある。車を小道に停めてしばし見入っちゃったよ。

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アルタモント近辺の風車群

 ヨセミテまではサンフランシスコから約5時間。ちょっと疲れてきた頃にやっとゲートが見えてきた。生まれて初めての国立公園。取りあえずはってことで、ビジターセンターを目指す。視界が開けて、エル・キャピタンとか、色々な滝が見えてきたときには感動したなぁ。「地球の歩き方」に書いてあったように、昔軍隊がここの景色を見たときに、天国の門の前に来たと思ってみんな銃を地面に置いたってのも、すごくわかる気がする。確かに観光客は多いけど、空気は清澄、草木の香りは素晴らしい、それになんといっても壮大なスケールのあの風景にしばし放心してしまった。ビジターセンター近くでお昼を食べた後は、ヨセミテ滝とグレイシャーポイントに向かう。ヨセミテ滝の水量はすごく多く、近くに行くと空気までヒンヤリしてて、ちょっと汗をかいていた僕にはすごく気持ちよかった。グレイシャーポイントは、山道をどんどん登っていったところにある。ここ、グレイシャーポイントが開いてるんだったら(雪がたくさん残ってたりするんで、6月くらいまでは閉まってることが多い)、絶対に来るべき。とにかく、天国を絵に描いたような景色。すべてのビューポイントを凝縮した感じ。「Serene」っていう単語が一番ここの雰囲気を表している。写真家アンセル・アダムスが魅せられたこのヨセミテ。まさかこんなに自分も虜になるなんて思ってなかった。とにかく、感動、感動、感動。ホワーンとした気持ちのまま、夕方くらいに帰途につく。いつかはヨセミテの中に泊まってみたい。他の季節のヨセミテも見てみたい。心からそう思った。この旅行によって、僕の国立公園への愛が目覚めちゃった。止めるすべはもうない(笑)。

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見よ! この大自然を!

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グレイシャーポイントからの絶景

 素晴らしい景色と同じくらい好きなのが、美味しいワイン。日本にいたときにワインスクールに通ってたりしたので、どうしてもカリフォルニアワインの産地、ナパ・バレーとソノマ・バレーに行きたかった。てなわけで、またまた小森君を誘って週末に日帰りで行くことにする。だいたいサンフランシスコから1時間半。サンフランシスコが曇ってて寒かったのでどうなることかと思ったけど、天気が悪いのはいつもダウンタウンのまわりだけみたい。ナパ・バレーに入る頃には抜けるような青空が広がっていた。どのワイナリーに行けばいいかなんてのはわからないので、とりあえずアクセスのいい、外観のよさそうなところに入ってみる。僕達が見つけたのはV.Sattui Winery。ナパ・バレーの目抜き通りにあって、大きな芝生の敷地の上に、たくさんのピクニックテーブルが置かれている。早速ワインを何本か、フランスパン、何種類かのチーズ、ハムなんかをショップで買って、外のピクニックテーブルへと繰り出す。いやー、極楽。このワイナリーのワインは普通の酒屋には出荷していないので、ここでしか飲めないんだってさ。超美味しいわけでもマズイわけでもなく、気楽に飲める感じのワイン。これにパンとハムとチーズが加わると、美味しさのオーケストラ。特にガーリックとハーブを混ぜたクリームチーズは超オススメ。あぁ、今でもあの味が口の中に広がる~。このワイナリーは、ナパに行くときには必ず立ち寄る場所になっちゃいました。声優仲間で、今でもコンタクトを取り続けてる淳ちゃんこと金丸淳一さんがサンフランシスコに来たときにもここに行ったし。ピクニックランチでは最高です。…それにしても僕はまだあの有名なFrench Laundryに行ったことがありません。サンフランシスコエリア(つーかナパだけど)で最高のレストランとされている場所で、予約を入れるのもとても大変だそうな。絶対近いうちに行ってやる!

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ワイナリーでのピクニックランチ

 せっかくカリフォルニアにいるんだからということで、どうせなら行ったことのないロスアンジェルスにも行きたいと思い、独立記念日の連休に一人旅を計画(なんか遊んでばっかりいるみたいだけど、ちゃんと仕事もしてた、本当だよ)。飛行機でロスアンジェルスに着いた後、レンタカーを借りて、ハリウッドに予約しておいたモーテルにチェックイン。ロスは同じカリフォルニアだけど、かなりサンフランシスコから南にあるので、植物体系もだいぶ違う。道路に生えているでっかいパームツリーは、テレビや映画で見るのと同じで、うぉぉロスだぜーとか感動しながら運転してた。チャイニーズシアターを見学した後は、Hollywood Blvd.をウロウロしてみる。Walk of Fameを歩きながら、ふと先日ガンで亡くなったマイケル・ランドンのことを思い出す。彼は『大草原の小さな家』の父さん役の人で、小さい頃から僕もその番組で声を当てていたので、とても身近に感じていた。彼のstarを見つけたくなって、近くの店の人にどこらへんにあるかを聞いて探してみる。「花が置いてあるからそれでわかるよ」って言われたけど、いくら探しても見つからなかった。方向が間違ってたのかな? Hollywood Blvd.は、観光客とハリウッドのあの雰囲気の入り乱れた、とても不思議なところだった。同じカリフォルニアでも、サンフランシスコとは文化的にも全然違うみたい。

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Hollywood Blvdに駐車してあったすんげーセンスの車

 次の日はユニバーサルスタジオに行ってみる。一人だってことでどうしようかちょっと迷ったんだけど(なんか一人だと寂しそうで)、行って本当によかった。トラムツアーも朝一番のに乗れたし、「あっ、ここ『バイオニック・ジェミー』のエピソードで出てきた!」って思うところもあったりして(笑)、本当に楽しめた。やっぱりこっちだとセットのスケールも違うよねー。帰ってからは、チャイニーズシアターにまた行って、その中で映画を観た。ケビン・コスナー主演のロビン・フッドのヤツ。映画もまぁ面白かったけど、チャイニーズシアターの中がよかったな。すごく豪華絢爛なんだけど、やっぱり時代を感じさせる雰囲気で、ハリウッドが全盛だった頃にはどんな感じだったんだろうって考えさせられた。

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『バイオニック・ジェミー』のエピソードで出てきたと憶えてた場所(笑)

 ロスといえばビーチ! ベニスにある、マッスルビーチでちょっと体を焼いた後、サンタモニカの方までずっと歩いてみる。ちょっと曇ってたからそんなに焼けないだろうと思ってたんだけど、ところがどっこい、ヒリヒリになるまで焼けてしまった(後になるまで気づかなかったけど)。他の人に聞いてみると、曇りの日が一番危ないんだって。肌に暑さを感じないけど紫外線はちゃんと届いてるもんだから、つい焼きすぎになっちゃうそうな(サンフランシスコに戻ってからがもうビリビリで大変だったよ)。マッスルビーチはその名の通り、トレーニングマシンがビーチに置いてあって、みんな筋トレしてるしてる。みんないい体を見せびらかしたいからここでトレーニングするんだろうなと思ってみたり。あとサンタモニカまでの道で面白い店を発見。服を売ってる店なんだけど、店の外に生身の男の人と女の人が服を着て、マネキンのように身動きせずに立ってる。僕も他の人達もしばし見入ってたけど、あの天気の中じっと立ってるなんてすげー根性だって思った。ビーチの雰囲気と、ハリウッドを見れたことで、僕のロス一人旅は大成功だったと思う。トラブルも全然なかったし。

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マッスルビーチのトレーニングマシン

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左の二人が人間マネキン

 このカリフォルニアでの3ヶ月の生活、すごくタメになった。自分から行動していくことを覚えたし、なんかやればどんなことでもできちゃいそうだなって思ったり。カリフォルニアの土地が発する魔力なのかもしれない。ロスは今度は誰かと、もっと色々な場所に行ってみたい。住みたいとは思わない街だけど。サンフランシスコは逆に、何ヶ月か住んでみたい街。今でもサンフランシスコのダウンタウンに行くと、「おー、コレコレ。この感じ好きなんだよー」って毎回思う。今はシアトルがホームになってしまった僕だけど、ちょっとだけ浮気して、カリフォルニアももっと知ってみたいと思う今日この頃です。
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by alexsea | 2001-02-06 00:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)
ちょっとフィリピンまで (1989)
Little Trip to Philippines
ちょっとフィリピンまで
August 27, 1989 - September 1, 1989


 88年から89年にかけて、僕と同じ年のフィリピン人の女の子Rizza(ライザ…母は「リサちゃん」って呼んでたけど)が、日本語学校に通うために僕の家に滞在していた。最初は本当にカタコトの日本語しか話せなかった彼女が、約1年の滞在を終えた後は僕も驚くくらい日本語がペラペラになっていた。その彼女が日本滞在を終えてフィリピンに帰るときに、母が観光で行ってみようよと言い出した。フィリピンって国は、それまで僕の行きたい国のレーダーから外れてたけど、Rizzaっていうガイドもいることだし、せっかくだから行ってみようかということになった。

 自分で計画した旅行じゃないもんだから、どういった経緯でチケットを取ったかとか、細かいことは憶えてない。ただ、フィリピンへのフライトが予想以上に長かったことだけ記憶している。フィリピンの正確な位置を憶えてなかったから、もっと日本に近いと思ってたんだよね。

 泊まったホテルは海岸の大通り沿いのHoliday Inn。その大通りが予想以上に広くゆったりしていたので、東京のようにもっと圧縮されたような景色を想像していた僕にとっては驚きだった。そうそう、ホテルの窓から海軍の船がたくさん見たことを憶えてる。海軍基地がすぐそばだったんだよね。マニラ内の観光では、ホテル近くのサンチャゴ要塞やサンオーガスチン教会なんかを見て回った。歴史がからっきしダメな僕はよくわからなかったけど。でも教会の中はとてもキレイで、さすがキリスト教が浸透している国だなって思った。あと、ホテルの近くのショッピングセンターにも遊びに行ったりした。ここの喫茶店で、Rizzaが勧めてくれた「ハロハロ」という飲み物に挑戦する。これ、紫色のシェークみたいな感じで、芋から作るっていってたかな? あんまり甘くなくて、結構僕の好きな味だった。これがフィリピンで一番文化の違いを感じたな(笑)。日本だったら絶対に飲めないものだもんね。

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サンオーガスチン教会

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真ん中がRizza、右がRizzaのお姉さん
ハロハロを飲んでます

 マニラに何日か滞在した後は、そこから北へ約250kmの避暑地、バギオ(Baguio)にRizzaの妹も含めて4人でバスの旅をする。マニラと打って変わって、日本の軽井沢のような気候にビックリ。とても自然が多く、蒸し暑さはほとんど感じない。ここではフォーブス公園のすぐ近くの、Hyattに泊まる。ビックリしたのがこのホテル、この約1年後のフィリピンの大地震でペチャンコに潰れてしまうのだ。もう完全に瓦礫の山と化しているホテルをテレビのニュースを見たときには、ちょっとビビった。1年旅行が遅れていたら生きてなかったかもしれない…。バギオでは公園の池でボートに乗ったり、バギオ植物園やイゴロット族の村なんかを見て回ったんだけど、正直言ってなんとなく時間を持て余しちゃった感じだった。あんまりリゾート的な旅行はそれまでやったことがなくて、いつもスケジュールをキッチリ決めて見所を見て回るってな旅ばっかりしてたもんだから、「さて、次は何しようか」ってことになると困ってしまう。自分で計画した旅行じゃなかったもんだから、予習もあんまりしてこなかったし。でもフィリピンの違う一面が見えてよかったと思う。

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池でボート遊び

 さてさて、マニラに戻ってからは今度はマニラの東南約100kmのところにある、パグサンハン(Pagsanjan)の滝に、ツアーを利用して遊びに行く。このツアー、参加者が僕達だけの、貸し切りツアーになってしまった。運転手、ガイドと僕ら3人で普通の車に乗ってパグサンハンへと向かう。ここも避暑地っぽかった。滝までボートで行って帰って来れる。ボートの前と後ろに漕ぎ手が乗って、僕が真ん中に乗ると、なんとなく王様気分(笑)。滝まで行って記念写真を撮って、帰ってきた後は川べりのレストランで食事。ここの食事がなかなか美味しかったのを憶えてる。帰りは途中の本当に何もないようなところで小さな店に入り、Buko Pieっていうヤシの実のパイを買って帰る。ホテルに着いてから開けて食べてみたんだけど、想像していたほど甘さがなくて、これがなかなかイケる。でもさすがにパイ一つ丸々食べられなかったから、半分以上捨てちゃったけどね。もったいないことしたなぁ。でもこのBuko Pieはフィリピンでは結構有名らしい。シアトルに来てからフィリピン人の友達にこのこと話したら知ってたもん。マニラに帰ってきてからは、Rizzaの家族と一緒に、大きなフィリピン料理の店に行く。これがねー、あんまり憶えてないんだよね、どんなものを食べたか。美味しいものはかなり憶えてる方なので、それほどでもなかったんじゃないかな(笑)。

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王様気分

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Rizzaと母と3人で記念撮影

 一週間も滞在しなかった初めてのフィリピン。もっと予習してから行けばよかったと反省。やっぱり人任せの旅だと、その土地のことがよくわからないよね。もしもうちょっと勉強してから行ったなら、もっと自分が行きたい場所があったかもしれない。シアトルに来てから、フィリピン人の友達がたくさんできたから、今度機会があったら、またぜひ行ってみたい。それにしてもRizza、どうしてるかなぁ。
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by alexsea | 2001-02-05 00:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)
ヨーロッパ卒業旅行: We’ll travel the world as old friends do…
 さて3週間の旅が終わり、卒業式が待つ日本に帰らなければならない。帰りはローマから、またモスクワを経由して日本へと向かう。モスクワでは随分待つってことで食事券を貰ったんだけど、一皿一皿出てくるのがすごく遅くて(一皿出てくるのに40分くらいかかってた)、結局最後まで食べられずに飛行機に乗り込むことになってしまった。共産圏の文化の違いを、すごく身近に感じてしまった出来事だった。帰りの飛行機は来るときほどは揺れず、結構快適だったと思う。さすがに長かったけどね。

 3週間のヨーロッパの旅、すごく駆け足だったけど、これによってヨーロッパのどんな場所が好きかってことがわかってきたから、大収穫だったと思う。パリには絶対にまた来たいと思ったし、フランクフルトのザクセンハウゼンでもまた食べて飲みたいし、イタリアは他の場所も回ってみたいし。

 この3週間の旅、気のおけない3人と一緒に回れたのが何よりも嬉しかった。興味が違うときには別々に行動したりして、お互いに気を遣うことがないから全然疲れない。社会生活に入ってあまり会えなくなる前に、この旅行を彼らとできて本当によかった。あれからもう13年。僕も色々な場所に行ったけど、今でもこれが僕の人生で一番楽しい旅だったと、心から言える。これから先、またこんなに楽しい旅をすることがあるだろうか。年を取ってからまたこの仲間と集まって、4人でどこかに旅行したいなぁ。僕の大好きな曲、Ann Hampton Callawayの『Old Friend』の歌詞みたいに…。

But we’ll meet the year we’re 62
And we’ll travel the world as old friends do
And we’ll tell each other what we’ve been through
How love is rare and life is strange
Nothing lasts and people change…

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by alexsea | 2001-02-04 06:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)
ヨーロッパ卒業旅行: 駅弁、ピッツェリア、ティラミス
 ミュンヘンの観光の後は、またまた夜行列車に乗って、イタリアのミラノに向かう。夜行列車ではコンパートメントの外で窓の外を見ていた女の子がすごくカワイイとみんなで騒ぐことしきり。ミラノに着いたときになんと駅弁(笑)を売っていたのでみんなで買い込んで、すこし郊外のストレーザという場所へ向かう電車に乗り込む。ここで以前NHKの『シティ・インフォメーション』の時にイタリアからの情報提供者だった菊池さんに会い、その近辺を案内してもらうことになっていた。駅弁の内容は、パン、チーズ、ハム、リンゴ、あと紙パック入りの白ワイン! 僕はこの駅弁がひどく気に入ってしまった。

 ストレーザでは菊池さんに取ってもらっていたホテルにチェックインし、菊池さん宅にお邪魔する。イタリア人の奥さんと、2人の女性のお友達(1人はライザ・ミネリみたいな人で、もう1人は今から考えてみると『Sex and the City』のミランダみたいな人だった(笑))にもここで会う。それからみんなでマッジョーレ湖というところの真ん中にある、教会だったか修道院だったかに連れて行ってもらった。ここには確か昔の僧侶か誰かのミイラがあったんだよね。夕日の沈む湖はすごくきれいだった。

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マッジョーレ湖

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みんなで記念写真

 夕食はみんなでピッツェリアにピザを食べに行く。なんとなくファミレス的な雰囲気の場所で、レストランに入ってから席に着くまでの間、いろんな人達にジロジロ見られちゃった。ここら辺まで来るアジア人ってあんまりいないからなのかな。次から次へと出てくるいろんなピザはものすごく美味しかった。デザートは、菊池さんがティラミスを勧めてくれる。日本では一時期大ブームになったティラミスだけど、これはそのブームになる前のこと。「ティラミス」っていうのは”Wake me up”って意味だよって教えてくれる。チーズとチョコレートがたっぷり使ってあるのでカロリーが高く、目が覚めちゃうようなデザートなんだって。今までに食べたことのない味のデザート、でもすごく美味しくて、次に日本で出会うまではっきりと味を憶えていた。でもさ、やっぱり現地の人に案内してもらうって、すごくいい。住んでなきゃわからないような場所に連れて行ってもらえるし、イタリア人のお友達にも会えて、すごく楽しかった。菊池さん、ありがとうございました。

 さて、その次の日はミラノに行って観光する予定だったんだけど、菊池さん達がミラノにはそんなに見所がないという。ショッピングをするにはいい場所らしいけど。どうしようってことで出た案が水の都ベニス。菊池さんもミラノよりもそっちの方がいいと言ってくれるし、電車で結構簡単に行けるような所らしい。というわけで急遽予定を変更して、ベニスに行くことになった。

 ベニスに着くと、テレビで見たことのあるようなあの運河だらけの景色が広がっていた。でもやっぱり実際に見ると迫力が違う。足元には本物の水があるし、それがちょっと臭いことも初めて知った(笑)。ホテルにチェックインした後は、有名なサンマルコ広場に向かう。ここでちょっとの間各自バラバラに行動する。僕はあっちこっちの建物に入ったりして、他のみんなはヴェネチアグラスの店とかに入ってたみたい。はっきり憶えてるのが、薄曇りの空に浮かんだ淡い太陽の上に、肉眼で黒点が見えたこと。ベニスで太陽の黒点を見てるなんて不思議な感じだった。みんなで再び集まった後は、ゴンドラに乗った観光。もう太陽が沈んだ後の薄暗い中のゴンドラツアーは、なかなかテレビでは見れないようなシーンなんで、気に入ってしまった。観光地化されてるとはいえ、やっぱりベニスはこの旅行の中で1、2を争う場所だったと思う。予定変更してベニスに行って、本当によかった。

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ベニス、ヴェネチア、水の都

 ベニスに一泊した後、すごく後ろ髪を引かれながら電車でローマに向かう。菊池さんに、ローマではジプシーの子供たちに気をつけなって言われていたんで、ローマの駅でジプシーの子供たちが寄ってきた時にはみんなで荷物を抱えて走って逃げちゃった(笑)。

 ローマではまずヴァチカン市国から観光を始める。でもヴァチカンのことで憶えてるのって、ガードのユニフォームが黒と赤のアレンジですっごくカッコよかったってくらい。そのガードの兄ちゃん達自身もカッコいいんだ、これが。あの夜行列車の女の子といい、普通のイタリア人のおじさんやおばさんでさえ、映画に出てくる人みたいに見えちゃうねって、他のヤツらとも話してたんだ。

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ヴァチカン
見よ! あのカッコいいユニフォームを!

 ヴァチカンの後はスペイン階段に行ってお決まりのジェラートを食べたり(あぁ『ローマの休日』…)、コロッセオ、フォロ・ロマーノなんかの遺跡を回ったり、サンタマリア・イン・コスメディン教会の「真実の口」に手を突っ込みに行ったりした。スペイン階段の近くでは、ロンドンで偶然会った大学の連中達とまたもや再会するし(笑)。ショックだったのが、コインを投げ入れるとまたイタリアに帰ってこれるというトレビの泉が、工事中で水がなかったこと。コインも投げ入れなかったけど、絶対にイタリアにまた行ってやる!

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スペイン階段

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トレビの泉…工事中!(泣)

 イタリアで驚いたのが、当たり前なようだけど食べ物の美味しさ。ホテルの近くにピザ屋があって、鉄板の上に乗ってる超巨大ピザを正方形に切って、具を内側に半分に折って、それに紙を巻いて渡してくれる。最初はビックリしたけど、これなら歩いて食べられるんだよね。クレープみたいな感じかな。それでもって、これがまたとてつもなく美味しい! ピザなんてどれを食べても同じだと思ってた考えを、根底から覆されてしまった。何がこんなに美味しくしてるんだろうってみんなでワイワイ騒いじゃったよ。次の日の夜にもみんなでピザとワインを買い込んできてホテルで食べたし。土田がその買ってきたマッシュルームピザを見て、「なんか虫が乗ってるみてー」。…確かにそう見えなくもないけど、食べてる時にそんなこと言うなよなー。味はもちろん素晴らしかったけど。最後の夜にはちょっと高級なレストランに入って、コース料理を頼んでみる。もう一つ一つの料理が大声で叫びたくなるくらい美味しい。やっぱり料理はイタリアに限る!あ、フランスも。日本もいいかも(笑)。

[Memo]
Venezia: Hotel Canaletto (Castello – San Lio 5487, Venezia)

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by alexsea | 2001-02-04 05:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)
ヨーロッパ卒業旅行: アップルワインとソーセージとビールと幽霊
 さて、もっと滞在していたかったパリにも別れを告げ、夜行列車でドイツのフランクフルトへと向かう。実は僕は夜行列車は初めてで、寝台車に乗るのも初めて。コンパートメントは3段ベッドが2セットある感じ。僕は進行方向側の一番下で寝ることになった。夜中に目が覚めて、真っ暗でしかも狭い(目の前にはすぐ上のベッドがあるし)ってことでパニック状態。息もしづらい感じだし。「やばい、僕って閉所恐怖症なのか?」とか思いながら、なんとか自分を落ち着けようとしてた。窓をちょっとだけ開けて冷たい空気を入れることで、なんとか治ったけどね。僕が窓を開けたせいで、反対側のベッドに寝ていた土田は凍えるような寒さだったらしい。どひー、ごめんよぉ。

 フランクフルトでやっぱり一番印象に残ってるのが、ザクセンハウゼンっていう飲み屋街で食べた夕食。最初は「地球の歩き方」に載ってた所に行ってみたんだけど、どうやらそこは単なるバーで食べ物は置いてないらしい。仕方なく、ザクセンハウゼンで有名なアプフェルヴァイン(アップルワイン)だけ飲んで早々に退散。すごく美味しかったけど。んで、どうしようかってウロウロしているうちに、なんとなくよさげな大衆食堂らしき場所を発見。勇気を出してみんなで入ってみた。ここがもう大当たり! ソーセージもザワークラウドも、アプフェルヴァインもすごく美味しいし、まわりの人達も騒がしく食事してて歌とか唄ってるヤツとかもいて、なんか想像してたドイツの食堂ってイメージにピッタリの場所。日本にあったら毎日でも行きたい感じだった。この後、阿瀬くんだったか土田だったか忘れたけど、途中で見かけたマクドナルドに入りたいって言い出して(なんで夕食の後にマックなんだ?)、みんなで入ったらメニューにビールも見つけて、さすがドイツって感心した。

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フランクフルトの街中

 フランクフルトではゲーテハウスや街中の観光をした後、日本から予約していったロマンチック街道バスに乗り込み、フュッセンを目指す。このロマンチック街道バス、途中で何回か停まるところはカワイイ町なんだけど(ローセンブルグとかディンケンスピュールとか)、その他はほとんど高速道路を走ってて、「これが本当にロマンチック街道なのかぁ?」って疑問で一杯だった。日本人のガイドも「さあ、いよいよこれからロマンチック街道に入りますよ」って言った後もずっと高速道路だし、その後は全然何も言わなかったし。ちょっと騙された感じ? みんななにも言わなかったけどね。

 フュッセンではお目当てのノイシュバンシュタイン城を見学。RPG大好き人間だから、中世の雰囲気そのまんまのこの城にはいたく感動してしまった。あんまり城の細かいところとかは憶えてないんだけど(笑)、外観がキレイだったこととすごく感動してたことだけは憶えてる。フュッセンではB&Bっていうか、ごく普通の家に泊めてもらったんだけど、ここのおばさんがちょっと怖い顔してたけどすごくいい人だった。なんでも息子さんがAlexっていうらしくて、僕のニックネームもAlexっていうんだよっていうと満面の笑顔で驚いてた。長時間いろんなこと話しちゃったし、ああいう時間ってすごくいいな。

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ノイシュバンシュタイン城

 フュッセンの後は、電車に乗ってミュンヘンへ。ミュンヘンでは、アエロフロートのオフィスに行って、再発行してもらったチケットを受け取ることになっていた。ところがやっとのことでオフィスを捜し当てて行ってみると、バリバリ女言葉なお兄ちゃんがそんなことは聞いてないっていう。こっちももう必死。「そんなわけはない、パリのオフィスでここで受け取れって聞いて来たんだ」「(雰囲気訳)あたしにパリまで電話しろっていうの?!」などなどしばし口論。そのお兄ちゃん、ファックスかなんかがまとめて横に置いてあるのに気づいて、「あら、これのこと?」だって。…ちょっと勘弁ぷりーず。今回、アエロフロートの3ヶ所のオフィスに行ったけど、100%の確率で素晴らしくどうしようもないサービスを経験させていただきました。やっぱアエロフロートに関する噂って本当だったんだなって納得。ミュンヘンでは風邪引いちゃって体調悪かったから、なおさらダメージを受けた気がした。でもまぁこれで日本に帰ることができる。よかったよかった。

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ミュンヘンの街中

 さてさて、問題のミュンヘンのホテル。永蔵と僕が一部屋、土田と阿瀬くんが一部屋に分かれてた。部屋には大きいベッドが一つと、収納できるような小さなベッドが横に一つ。じゃんけんで僕がその小さなベッドを使うことになった。でも横になってみると、なんとなく居心地が悪い。確かに妙に傾いた感じではあるんだけど、どうもそれだけじゃない直感的な居心地の悪さ。体の芯が「なんかいやな感じ」って言ってるみたいな感覚。寝不足になるのもいやなので、永蔵と一緒の大きなベッドに寝させてもらう。クイーンサイズっぽかったから男二人寝ても全然大丈夫だったし。思えばこの「いやな感じ」がこの先起こることの予兆だったのかもしれない。朝の6時ちょっと前くらいだったかな、永蔵が「難波~怖いよ~」って言いながら僕を揺り起こす。眠い目をこすりながら話を聞いてみると、夜中の3時過ぎくらいに誰かがドアをノックする音で目が覚めたんだという。最初は他の部屋かと思ったんだけど、執拗にノックしてくるらしく、土田か阿瀬くんかとも思いドアを開けたんだって。…誰もいない…。不思議に思いながらドアを閉めてベッドに戻り、横になった瞬間、金縛り。すごく怖いんだけど、動けないし、隣りでは僕がガーガー寝てるしで、どうすることもできなかったんだってさ。しばらくすると金縛りは解けたんだけど、ちょっと明るくなるのを待って僕を起こしたんだそうな。その時ほど、自分に霊感がなくてよかったと思ったことはなかったね(笑)。思えば永蔵のアパートって、オフダとかも貼ってあったし、そういうの体験しやすい体質だったりするのかな? 僕もその話を聞いて怖かったけど、そこはただ一泊するだけだったのでなんとなく安心、ちょっと興奮したりもした。自分が張本人じゃない限り、こういう心霊現象話って好きなんだよね(笑)。

[Memo]
Frankfurt: Hotel Münchenerhof (Münchener Strasse 46, Frankfurt)
Füssen: Olga (Kemptener Strasse 12, Füssen)

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by alexsea | 2001-02-04 04:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)
ヨーロッパ卒業旅行: 憧れのパリと、チカン
 ドーバー海峡からホバークラフトに乗ってフランスに向かう。このホバークラフトがもう揺れる揺れる。朝何も食べてなかったりしたもんだから、初めて船酔いしそうになっちゃったよ。最悪の事態は免れたけど、とんだフランスの旅の始まりだなって思った。ホバークラフトを降りてから電車に乗り、夕方くらいに北駅に着くと、さすがにホテルの客引きが多い。すごく人の良さそうなおばさんが声をかけてきたので、なんとなく聞いてると、アパートの一室を貸し出してるっていう。値段も手頃だし、ホテルじゃない場所に泊まれるってのも面白そうだってことでOKしちゃった。このアパート、6階にあって、しかもエレベータがないっていうオチがあるんだけどね(笑)。でも窓からはサクレ・クール寺院が見えるし、パリの普通の人の暮らしを体験してるって感じで、僕はすごく好きだった。友達にはすごく不評だったけど。わかるんだけどねー。トイレがすごく変わってて、水で「流す」っていうよりも、ディスポーザーみたいなヤツがついてて、それで噛み砕く感じ? だからモーターの音がすごくうるさくて、夜中に上か下の人がトイレ使う度にその音が響き渡って、それでちょっと起きちゃったり。

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アパートから見えるサクレ・クール寺院

 みんなパリに着くなり日本食が恋しいなんて言い出して、なんで花のパリで最初から日本食を食わなきゃいけないんだとか思ったけど、ガイドブックに載ってた日本食レストランにみんなで行くことにする。僕の食べた九州ラーメンはノビノビ、チャーハンは油っぽくベチャっとしてて激マズで、「フランスって食べ物美味しいはずなのに…」って初日の夜から大ハズシだった。

 次の日は朝からヴェルサイユ宮殿。すごく混んでたけど庭園はすごくきれいだった。その後はルーブル美術館が改修工事のため閉まってたのでオルセー美術館、セーヌ川を登ってエッフェル塔なんかをみんなで見て回った。ルーブルが閉まってたのはショックだったけど、オルセーもかなり面白かったと思う。そうそう、美術館の前で飲んだ、その場で作ってくれるオレンジジュースが美味しかった!

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ヴェルサイユ宮殿の池の前で

 その次の日はみんなとは別行動で、凱旋門からシャンゼリゼ大通りを歩き、アエロフロートのオフィスで再発行手続きをしてもらう。が、警察の紛失届けがないと再発行はできないという。「ロンドンのオフィスでここに来て手続きしろって言われたんだ」って言うと、渋々「それじゃパリで失くしたってことにして、そこの警察に行って紛失届けを貰って来い」と言う。警察に行ったら行ったで、財布以外の紛失届けはできないって言われる。まぁ日本円の入った財布も入ってたしってことで、とりあえず財布の紛失証明をもらってアエロフロートのオフィスに戻る。するとやっぱり「これは財布の紛失証明で、チケットのじゃない」って言ってくる。もうここらへんまでくると僕もブチ切れで、「財布以外の紛失証明は書けないって警察で言われたんだ! 文句があるなら警察に聞いてくれ!」ってまくしたてる。そのおねーさん、警察に電話をかけた後、納得して再発行手続きをしてくれた。ちゃんとそのくらいわかってろよー。勘弁してくれって感じ?結局再発行までにはちょっと時間がかかるらしく、これからの旅行日程を告げ、ミュンヘンのオフィスでチケットを受け取ることになる。パワーを吸い取られた感じでヘロヘロになった後、シャンゼリゼ通りのパン屋さんでフランスパンのサンドイッチを買って、食べながら歩いちゃう。これが美味しかった~! コンコルド広場、オペラ座、ポンピドーセンターなんかを見た後、ノートルダム大聖堂に向かう。ここの中で、涙を流しながら何かを必死に祈ってた17歳くらいの美少年(いやホントに)がいたのが印象的だった。その後はカルチェ・ラタン周辺、リュクサンブール公園を通った後、サクレ・クール寺院に行った。寺院の一番てっぺんまで階段で登ると、足もすくむような怖さなんだけど、パリの街が一望できて絶景の一言(98年に行った時にはもう登ることができなくなってた)。人々が寺院の前の階段に座って、大道芸なんかを見てる。すごくゆったりとした時間を感じることができて、ここが心底気に入ってしまった。

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サクレ・クール寺院の屋上から

 …どの時点だったか忘れちゃったけど、アパートに帰るためにみんなで地下鉄に乗ってたときに、前にいた50歳くらいのおじさんの手が僕のヘンなところに当たるんだよね。その人は僕の前に直角に位置してて、手だけなんとなく押しつけてくる感じ。目は僕を見てないんだけど。全然混んでるわけでもないからおかしいなって思って、ちょっとだけ場所を変えたら、おじさんも平行移動してきて手も当たったまんま。…ひょっとして、これっていわゆる、チ・カ・ン、ですか? その場で友達に言い出せるわけもなく、急にグループの反対側に場所を変えたもんだから、友達も変な顔してたけどね。なんかもう今となっては、笑うしかない思い出です(笑)。

[Memo]
Ciceron (70 Rue Doudeauville, Paris)
九州ラーメン よっちゃん (3 rue Sainte-Anne, Paris)

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by alexsea | 2001-02-04 03:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)
ヨーロッパ卒業旅行: 恐怖のランディングとポーチ紛失事件
 飛行機は成田を出た後、モスクワを経由してロンドンに向かう。乗ってみると、同じく卒業旅行に行くらしい人達でいっぱい。順調な飛行だったんだけど、モスクワに着陸するときに飛行機が大揺れに揺れる。これがもう半端じゃない。席を隔てた向こう側に座っていた女の子なんかは、お守りを手に握り締めて必死に祈ってる。僕も「どうせ落ちるんなら帰りの飛行機にしてくれよ~」って思うことしきり(笑)。まぁなんとか無事に到着したけどね。モスクワ-ロンドン間の機内食は、成田-モスクワ間とは一変して、まるで囚人食のよう。硬い肉に、パン、それと…これはイクラ? 後で知ったんだけど、イクラってロシア語で「魚の卵」って意味なんだってね。向こうではキャビアと同類に扱われているらしく、どうもアレはパンに乗っけて食べるのが正解だったらしい。説明書でもつけてほしかったな。ロンドンに到着した後は、迷いに迷った後やっとのことでホテルに辿り着き、すぐに眠りについたのでした。

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一緒に行った仲間達

 ロンドンではお決まりの観光コース。バッキンガム宮殿(衛兵交代はなんかディズニーランドみたいだったけど)、大英博物館、ピカデリーサーカス、テムズ川、ビッグ・ベン、英国議会などなど。ピカデリーサーカスで、同じ大学の他のグループとバッタリ会っちゃったのは笑ったね。みんな同じような旅行日程だったんだなぁ。ロンドンで一番記憶に残ってるのが、最初の晩の夕食。「地球の歩き方」に載ってた、とても美味しいといわれるベジタリアンの店にみんなで行ったんだけど、ここがみんなにものすごく不評! 永蔵なんかは、卒業旅行の話が出る度にこのことを持ち出すもんな(笑)。確かに僕もあまり美味しいとは思わなかったけど、みんなは大爆笑しながらまずいまずい言って食べてました。

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同じ大学の他のグループとばったり…

 ロンドンの後のケンブリッジは僕の一存で決めちゃったところ。イギリスの映画の学校シーンがすごく頭に残ってて、どうしても行きたかったんだよね。ケンブリッジでB&Bに荷物を置いた後は、僕だけみんなと別れてケンブリッジの学校近辺をウロウロしてた。石造りの古い建物と広い広いコートヤードは、本当に映画で観た通りな感じで、もう雰囲気に呑まれながら歩いてた。他のみんなにとってはあんまり面白い所じゃなかったみたいだけど、僕は本当に行ってよかったって思ったな。

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雰囲気ビシバシ
ケンブリッジの学校群

 ケンブリッジの後は、電車でロンドンまで一度戻って、他の電車でエディンバラまで向かう。長い電車の旅を終えた後、観光案内所でホテルを探そうとしたら、日本円の入った財布や、トラベラーズチェック、帰りの航空券とかの入ったポーチがなくなっていることに気づいたからド大変。電車に忘れたのか、観光案内所でどこかに置いたのを誰かに持って行かれたのか、全然見当もつかない。パスポートやユーレイルパスは身に着けてたから旅は続けられるものの、やっぱりショックだった。とりあえず警察に届けた後案内所の前でちょっと休んでたら、さっき案内所で働いてて僕たちも話した男の人が通りかかって、大丈夫かとか、お金もなくしちゃったんなら今夜はウチに泊めてあげようかとか心配してくれて、感動してしまった。この人のお世話になるのも悪いし、これからホテルを探すのもナンだということで、さっき駅で客引きしてたB&Bに決めちゃった。僕が客引きの人と話して泊まるところを決めたのを見ていた土田が「よく落ち着いていられるなー。俺だったらパニックになってるよ」とか行ってたのが頭に残ってる(笑)。だって、もうなくしちゃったものは仕方がないじゃん。B&Bはちょっと離れてるところだったけど、結構いいところだった。そこのおばさんが朝食の時に、「あなたにはこれはブランデーよ、あなたはシェリー酒ね」とか言いながら紅茶を注いでくれたのが面白かった。次の日に早速アメリカン・エクスプレスでトラベラーズチェックの再発行をした後、エディンバラ城やホーリールード宮殿の見学をしたりして、無事予定通りの観光をすることができた。

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買っててよかったトラベラーズチェック
再発行後

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ホーリールード宮殿

 さてさて予定ではエディンバラからロンドンに帰った後、ドーバーまで行ってから宿泊しようってことになってたんだけど、僕の帰りの航空券を再発行してもらわなきゃいけないってことで、ロンドンに泊まることにした。アエロフロートのオフィスでさんざん待たされた挙句、これからパリに行くんだったらそこで再発行手続きをやってくれと言われる。むー、なんだかなぁ。

[Memo]
London: Royal National Hotel (Bedford Way, London WC1H ODG)
Cambridge: Kirkwood House (172 Chesterton Road, Cambridge CB4 1DA)
Edinburgh: The Gorvic Guest House (14 Granville Terrace, Edinburgh EH10 4PQ)
London: Mayflower Hotel (26-28 Trebovir Road, Earl’s Court, London SW5 9NJ)

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by alexsea | 2001-02-04 02:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)
ヨーロッパ卒業旅行: 旅行のプラニング
 さてさて大学も4年になってくると、あっちこっちで「卒業旅行どこ行く?」ってな会話をよく耳にする。最初はあんまり真剣には考えてなかったんだけど、やっぱりみんなワイワイ話してるのを見ると実に楽しそう。それに会社に入っちゃうと大きな休みは取れなくなっちゃうし。てなわけで、仲良くしていた友達3人(風間(永蔵)、阿瀬、土田)と一緒に、ヨーロッパに行こうという話になった。出発は卒業研究が終わったすぐ後。3月の終わりには卒業式があるんで、みんなそれまでに帰って来たいというので、3週間の旅になった。卒業式はサボってもう一週間くらいヨーロッパにいようよって僕は提案したんだけど、あえなく却下された。早速「地球の歩き方」ヨーロッパ編を買ってきて、どんなコースにするのか計画を練る。僕以外の奴らはあんまり明確なイメージを持ってなかったらしくって、ほとんどルートは僕が決めちゃったんじゃなかったかな(笑)。着いた日のホテル一泊つきで、どこからでも入ってどこからでも出てこられるっていうパッケージが約14万円だったので、こりゃいいやってことでそれに決定。アエロフロートはあんまし良くないって噂は聞いてたんだけど、やっぱり貧乏学生にとっては安さには変えられません。以下が旅行日程。

2/25(Sat)成田1pm → ロンドン 7:50pm
Royal National London泊
2/26(Sun)ロンドン観光, 宿泊
2/27(Mon)ロンドン観光, 宿泊
2/28(Tue)ロンドン(Liverpool) 9:05am → ケンブリッジ 10:30am
ケンブリッジ観光, 宿泊
3/1(Wed)ケンブリッジ 9:25am → ロンドン(Liverpool) 10:50am
ロンドン(King’s Cross) 12pm → エディンバラ 4:26pm
エディンバラ宿泊
3/2(Thu)エディンバラ観光, 宿泊
3/3(Fri)エディンバラ → ロンドン
ロンドン宿泊
3/4(Sat)ロンドン → ドーバー
ドーバー → パリ (ホバークラフト)
パリ 宿泊
3/5(Sun)ヴェルサイユ観光
パリ観光, 宿泊
3/6(Mon)パリ観光
パリ 11pm → フランクフルト 3/7 7:29am
3/7(Tue)フランクフルト観光, 宿泊
3/8(Wed)フランクフルト観光
ロマンチック街道バス: フランクフルト 8am → フュッセン 6:30pm
フュッセン宿泊
3/9(Thu)フュッセン観光, 宿泊
3/10(Fri)フュッセン → ミュンヘン
ミュンヘン観光, 宿泊
3/11(Sat)ミュンヘン観光
ミュンヘン 11:20pm → ミラノ 3/12 8:30am
3/12(Sun)ミラノ → ストレーザ
ストレーザ観光, 宿泊
3/13(Mon)ストレーザ → ミラノ → ベニス
ベニス観光, 宿泊
3/14(Tue)ベニス → ローマ
ローマ宿泊
3/15(Wed)ローマ観光, 宿泊
3/16(Thu)ローマ観光, 宿泊
3/17(Fri)ローマ 9:10am → モスクワ 2:50pm
モスクワ 7:20pm → 成田 3/18 10:55am

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by alexsea | 2001-02-04 01:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)
今までで一番の旅 ヨーロッパ卒業旅行 (1989)
Best Friends in Europe
今までで一番の旅 ヨーロッパ卒業旅行
February 25, 1989 - March 18, 1989


旅行のプラニング
恐怖のランディングとポーチ紛失事件
憧れのパリと、チカン
アップルワインとソーセージとビールと幽霊
駅弁、ピッツェリア、ティラミス
We’ll travel the world as old friends do…

記事の下の"<<"リンクを辿っていくと、時系列で読めます。
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by alexsea | 2001-02-04 00:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)
ああ、憧れのアメリカ (1988)
I Left My Heart in Seattle
ああ、憧れのアメリカ
August 3, 1988 - October 6, 1988


 大学時代は、今勤めている某会社の日本支社でアルバイトをずっとやってたんだけど、大学4年の夏休みに長期本社出張をさせてもらった。それも韓国から帰ってきた翌々日から(笑)。大学はもう9月には始まっちゃうってことで、ゼミの先生とちょっとだけもめたりしたんだけど、なんとかOK。卒業に必要な単位はもう3年までで取っちゃってたから、そんなにもめるとは思わなかったんだけど、僕がゼミの合宿に参加しない(できない)ってのと、ゼミの卒業研究をちょっと軽く見てたってのが先生は気に食わなかったらしい。ここで太文字にして言っちゃうけど、大学では何一つ役に立つことを学ばなかった。全てのカリキュラムがとても古臭くて、特に情報処理関係に関しては先生達の方が準備できてなかった感じだし。友達を作れたってのと、時間を好きなことに使えた、いわばモラトリアムが大学に入った唯一の利点だった。この時期にASCIIや今の会社でバイトして、自分で就職への足がかりも作ったし。だから、僕が卒業と同時に就職するであろう会社の出張を先生が渋ったってのが、なんとも納得がいかなかったんだよね。ま、それでも最終的にOKを出してくれた先生、本当にありがとうございました。この旅なくしては、今の僕はありえません。

 大学のことはさておき。この出張は僕が子供の頃から憧れていたアメリカだし、しかも2ヶ月間! 韓国から帰ってきてすぐとはいえ、出発が待ちきれなかった。当日は僕の上司役の人と、日本支社の社長と僕の3人。上司役の人は1~2週間の出張で、社長は単にミーティング出張だったんじゃないかな。なんとビジネスクラスでのアメリカ行きは、感動感動の嵐だった。シアトルに着いて荷物を待っているときに、小さなかわいいビーグル犬がしきりに人や荷物を嗅ぎまくってた。「あー、これが話に聞く麻薬捜査犬なのかな」とか思ってたら、その犬が僕の荷物にやってきて、コレが怪しいと言わんばかりにちょこんと座ってしまう。もうすっかりパニック。麻薬なんて持ってないぞ!とか心拍数180で思ってたら、「何かナマもの入ってる?」って犬を連れてる人に聞かれて、震えながらバッグを開けると、寿司の折り詰めが。そういえば成田で社長が買ってくれた寿司の残りを、カバンの中に入れてたんだっけ。麻薬捜査犬ではなく、ナマものとかの検疫のチェックをする犬でした(笑)。「あーこれならいいよ」って言われたんだけど、さすがに8時間もバッグの中に入っていた寿司を食べる勇気もなく、ゴミ箱行きとなりました。

 初めて感じるシアトルの風は、オーストラリアの時と同じようにドライで、でも8月だというのになんとなく肌寒かったのを憶えてる。「アメリカに来たんだから、まずはアメメシ食わなきゃ」って社長に連れて行かれたのは、Red Robinというアメメシレストラン。ハンバーガーとフライドオニオンを頼んで、出てきたものを見てビックリ。ハンバーガーなんてビッグマックの2倍はゆうにありそうな大きさだし、フライドオニオンなんかはバスケットに山盛りで4人で食べても余っちゃいそうな感じ。結局ハンバーガーは半分、フライドオニオンは2個か3個食べるだけで降参。僕の驚いた顔を見てさぞ満足したことでせう(笑)。>社長

 まだ頭から離れないのが、出張先に着いた時に感じた、今さっき刈られたような芝生の匂いと、針葉樹の匂い。あっちこっちのスプリンクラーで芝生には水が撒かれてる。これに青空+太陽+ドライな風を加えると、天国の出来上がり。とにかく初めてのアメリカに興奮してて、時差ボケは全く感じなかった。驚いたのは、夜9時近くまで明るいこと。確かに北海道と同じかもう少し北にあって、しかも夏時間が採用されてるから、夜遅くまで明るいってのは理に適ってるんだけど、それでもやっぱり驚いてしまう。

 初めての英語でのミーティングはすごく緊張したけど、同じオフィスになった将来僕の上司になる人がすごく英語を話せる人だったんで、とても助かった。とにかくみんなのびのびとして仕事してるなってのが第一印象。日本みたいにタイムカードを押す必要もなく、自分の好きな時に出社して、好きな時に退社してる。天気のいい金曜日の午後なんかは、3時くらいには会社にほとんど誰もいなくなっちゃってたし。アパートがあったのはシアトル郊外のベルビュー(Bellevue)というところだったので、シアトルのダウンタウンにはそんなに頻繁には行けなかったんだけど、上司役の人とかによく連れて行ってもらった。着いた日の翌々日には、ダウンタウンでSea Fairのパレードがあってそれを見に行ったり、週末にはスペースニードルに上ったりして、シアトルの観光もちゃんとこなしてた。自分でもバスを使えるようになってからは、行動範囲が広がった。

 アメリカに来てからちょうど一ヶ月経った9月の頭の連休(Memorial Day)に、カナダのバンクーバーへの一人旅を企画した。朝早く起きてバスでシアトルのダウンタウンまで行って、グレイハウンドバスのターミナルからバンクーバー行きのバスに乗り込む。

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グレイハウンドバスのターミナル

 さすがに最初は一人旅だってことで緊張したんだけど、あの「シドニー空港一時間半ウロウロ事件」を思えば、もうなんでも来いって感じ。バンクーバーではYMCAに泊まって、自分の足であっちこっち見て回ったり、カピラノ渓谷に行くグレイラインの半日バスツアーを申し込んだりした。バスツアーは大勢の人だったんだけど、僕の他に唯一、一人で旅をしているらしい女の人を発見、カピラノ渓谷で思い切って話しかけてみた。彼女はLibbyっていうオーストラリア人で、あっちこっちをバックパッカーとして旅をしているんだけど、バンクーバーが旅の最後で、この後はオーストラリアに帰るらしい。

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恐怖! カピラノ渓谷の吊り橋

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オーストラリア人のLibby

 グラウス・マウンテンってところにケーブルカーで昇って昼食だったんだけど、このときも彼女と一緒にハンバーガーを食べて、いろんな話をした。一人旅も気楽だけど、こんな風な出会いも楽しいなって心底思った。ツアーが終わった後は、一人でまたいろんな所に行ってみる。特に朝のスタンリーパークのサイクリングがすごく気持ちよかった。最初の一人旅、大成功だった。

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スタンリーパークでのサイクリング

 バンクーバーへの旅行で味をしめた僕は、日本に帰る前にもう一度ということで、9月の終わりに今度はカナダのビクトリアへの旅を計画した。この頃はシアトル-ビクトリア間の高速船もなく、車も積み込める大きなフェリーでの4時間半かかる旅だった。バンクーバーに行った時にはYMCAは予約してたんだけど、今回はちょっと旅慣れた感じで観光案内所に行ってホテル探しをしてもらったりした。ブッチャートガーデンのツアーも申し込んだり、有名なエンプレス・ホテルでのアフタヌーン・ティーも予約を入れたりした。アフタヌーン・ティーの予約を入れるときに、ホテルに行って注意書きを呼んでみると、ジーンズは不可とのこと。「どひー、ジーンズしか持ってきてないよー」ってことで、一応それを係のおばさんに言ってみたら、僕の服装を上から下まで見て、「その服装だったら大丈夫よ」って笑ってくれた。確かにジーンズを履いてたんだけど、シャツはボタンダウンのちゃんとしたヤツだったからOKだったのかもしれない。とにかくブッチャートガーデンも、アフタヌーン・ティーも本当に良かった。ガーデン巡りは一人でも楽しかったけど、やっぱりアフタヌーン・ティーは一人じゃちょっと寂しい感じだったな。ウロウロしながら時間を持て余してたら、シガニー・ウィーバー主演の映画 “Gorillas in the Mist” が封切りになってるのを発見。思わず入って観ちゃった。外国での初めての映画体験。今回の旅もバンクーバーのときと同じく大成功。シアトルにフェリーで着いたのはもう真っ暗になってからだったから、バスを待ってるときはちょっとハラハラしたな。治安のいい町とはいえ、やっぱり暗くなってからの雰囲気はちょっとヤバそげな感じがあったし。

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ブッチャート・ガーデン

 とにかく2ヶ月の間、仕事もしながら、詰め込めるだけ詰め込んだ旅だった。今度出張に来たときには一人で行動できるようにってことで、車の免許もこっちで取ったし。アメリカに来るまでは、車を運転することなんて一生ないだろうって思ってたんだけど、やっぱりアメリカでは必需品。簡単な筆記試験をパスした後、ちゃんと教習所に申し込んで一から運転を習った。こっちでは「教習所」っていう場所は存在しなくて、教官が車に乗って会社まで迎えにきて、公道で運転を習っちゃう。初めてのレッスンでいきなり公道だったからすげービビった。でも最初の実地試験で見事合格してよかったよかった。あとやっぱり心に残ってるのが、会社の人に乗せてもらった小型飛行機。ボーイングフィールドから飛びたって、『ツイン・ピークス』で有名なスノカルミーの滝の方までぐるっと回って飛んできた。「趣味で飛行機の運転習ってる」とかって言えちゃうところがやっぱりアメリカだよなってひどく感心した。

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小型飛行機!
左が僕の上司(パイロットじゃありません)

 アメリカの生活は、一つ一つのことに驚いたり感動したりするんだけど、すぐ馴染んじゃうんだよね。まるでここに生まれたときから住んでましたって感じに。子供の頃から特別な存在だったアメリカ、もしかしたら前世はアメリカ人だったのかもなんて思っちゃう。初めて来て2ヶ月も住んじゃうなんて思いもよらなかったけど、すごくいい経験だった。
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by alexsea | 2001-02-03 00:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)