From Seattle, WA, USA
by Alex
プロフィール
シアトル在住のAlexです。
ソフトウェアデベロッパーをやっていましたが現在は休憩中。日本にいるときには役者をやってたりしました。歌ったり踊ったり、食べたり飲んだりが大好きです。

プロフィールはこちら
レストラン訪問記はこちら
旅行記はこちらからどうぞ。
カテゴリ
全体
[一覧] 旅行記
旅行記
日記
夢日記
エッセイ
過去日記
映画・DVD
レストラン
検索
最新のコメント
>海老原くん えー..
by alexsea at 03:52
もう、きっと覚えてないと..
by 海老原吉晶 at 00:05
>るうこさん うひ..
by alexsea at 06:32
>亜紀ちゃん お子..
by alexsea at 06:30
お久しぶりです♪ポルトガ..
by るうこ at 21:30
以前の記事
2016年 10月
2016年 08月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 04月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 10月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 10月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 05月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
2004年 12月
2004年 11月
2004年 10月
2004年 09月
2004年 08月
2004年 06月
2004年 05月
2004年 04月
2004年 03月
2004年 02月
2004年 01月
2003年 12月
2003年 11月
2003年 10月
2003年 09月
2003年 08月
2003年 07月
2003年 06月
2003年 05月
2003年 04月
2003年 03月
2003年 02月
2003年 01月
2002年 12月
2002年 11月
2002年 10月
2002年 09月
2002年 08月
2002年 07月
2002年 06月
2002年 05月
2001年 03月
2001年 02月
2001年 01月
ブログジャンル


<   2001年 02月 ( 74 )   > この月の画像一覧
今までで一番の旅 ヨーロッパ卒業旅行 (1989)
Best Friends in Europe
今までで一番の旅 ヨーロッパ卒業旅行
February 25, 1989 - March 18, 1989


旅行のプラニング
恐怖のランディングとポーチ紛失事件
憧れのパリと、チカン
アップルワインとソーセージとビールと幽霊
駅弁、ピッツェリア、ティラミス
We’ll travel the world as old friends do…

記事の下の"<<"リンクを辿っていくと、時系列で読めます。
[PR]
by alexsea | 2001-02-04 00:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)
ああ、憧れのアメリカ (1988)
I Left My Heart in Seattle
ああ、憧れのアメリカ
August 3, 1988 - October 6, 1988


 大学時代は、今勤めている某会社の日本支社でアルバイトをずっとやってたんだけど、大学4年の夏休みに長期本社出張をさせてもらった。それも韓国から帰ってきた翌々日から(笑)。大学はもう9月には始まっちゃうってことで、ゼミの先生とちょっとだけもめたりしたんだけど、なんとかOK。卒業に必要な単位はもう3年までで取っちゃってたから、そんなにもめるとは思わなかったんだけど、僕がゼミの合宿に参加しない(できない)ってのと、ゼミの卒業研究をちょっと軽く見てたってのが先生は気に食わなかったらしい。ここで太文字にして言っちゃうけど、大学では何一つ役に立つことを学ばなかった。全てのカリキュラムがとても古臭くて、特に情報処理関係に関しては先生達の方が準備できてなかった感じだし。友達を作れたってのと、時間を好きなことに使えた、いわばモラトリアムが大学に入った唯一の利点だった。この時期にASCIIや今の会社でバイトして、自分で就職への足がかりも作ったし。だから、僕が卒業と同時に就職するであろう会社の出張を先生が渋ったってのが、なんとも納得がいかなかったんだよね。ま、それでも最終的にOKを出してくれた先生、本当にありがとうございました。この旅なくしては、今の僕はありえません。

 大学のことはさておき。この出張は僕が子供の頃から憧れていたアメリカだし、しかも2ヶ月間! 韓国から帰ってきてすぐとはいえ、出発が待ちきれなかった。当日は僕の上司役の人と、日本支社の社長と僕の3人。上司役の人は1~2週間の出張で、社長は単にミーティング出張だったんじゃないかな。なんとビジネスクラスでのアメリカ行きは、感動感動の嵐だった。シアトルに着いて荷物を待っているときに、小さなかわいいビーグル犬がしきりに人や荷物を嗅ぎまくってた。「あー、これが話に聞く麻薬捜査犬なのかな」とか思ってたら、その犬が僕の荷物にやってきて、コレが怪しいと言わんばかりにちょこんと座ってしまう。もうすっかりパニック。麻薬なんて持ってないぞ!とか心拍数180で思ってたら、「何かナマもの入ってる?」って犬を連れてる人に聞かれて、震えながらバッグを開けると、寿司の折り詰めが。そういえば成田で社長が買ってくれた寿司の残りを、カバンの中に入れてたんだっけ。麻薬捜査犬ではなく、ナマものとかの検疫のチェックをする犬でした(笑)。「あーこれならいいよ」って言われたんだけど、さすがに8時間もバッグの中に入っていた寿司を食べる勇気もなく、ゴミ箱行きとなりました。

 初めて感じるシアトルの風は、オーストラリアの時と同じようにドライで、でも8月だというのになんとなく肌寒かったのを憶えてる。「アメリカに来たんだから、まずはアメメシ食わなきゃ」って社長に連れて行かれたのは、Red Robinというアメメシレストラン。ハンバーガーとフライドオニオンを頼んで、出てきたものを見てビックリ。ハンバーガーなんてビッグマックの2倍はゆうにありそうな大きさだし、フライドオニオンなんかはバスケットに山盛りで4人で食べても余っちゃいそうな感じ。結局ハンバーガーは半分、フライドオニオンは2個か3個食べるだけで降参。僕の驚いた顔を見てさぞ満足したことでせう(笑)。>社長

 まだ頭から離れないのが、出張先に着いた時に感じた、今さっき刈られたような芝生の匂いと、針葉樹の匂い。あっちこっちのスプリンクラーで芝生には水が撒かれてる。これに青空+太陽+ドライな風を加えると、天国の出来上がり。とにかく初めてのアメリカに興奮してて、時差ボケは全く感じなかった。驚いたのは、夜9時近くまで明るいこと。確かに北海道と同じかもう少し北にあって、しかも夏時間が採用されてるから、夜遅くまで明るいってのは理に適ってるんだけど、それでもやっぱり驚いてしまう。

 初めての英語でのミーティングはすごく緊張したけど、同じオフィスになった将来僕の上司になる人がすごく英語を話せる人だったんで、とても助かった。とにかくみんなのびのびとして仕事してるなってのが第一印象。日本みたいにタイムカードを押す必要もなく、自分の好きな時に出社して、好きな時に退社してる。天気のいい金曜日の午後なんかは、3時くらいには会社にほとんど誰もいなくなっちゃってたし。アパートがあったのはシアトル郊外のベルビュー(Bellevue)というところだったので、シアトルのダウンタウンにはそんなに頻繁には行けなかったんだけど、上司役の人とかによく連れて行ってもらった。着いた日の翌々日には、ダウンタウンでSea Fairのパレードがあってそれを見に行ったり、週末にはスペースニードルに上ったりして、シアトルの観光もちゃんとこなしてた。自分でもバスを使えるようになってからは、行動範囲が広がった。

 アメリカに来てからちょうど一ヶ月経った9月の頭の連休(Memorial Day)に、カナダのバンクーバーへの一人旅を企画した。朝早く起きてバスでシアトルのダウンタウンまで行って、グレイハウンドバスのターミナルからバンクーバー行きのバスに乗り込む。

d0113429_3241244.jpg
グレイハウンドバスのターミナル

 さすがに最初は一人旅だってことで緊張したんだけど、あの「シドニー空港一時間半ウロウロ事件」を思えば、もうなんでも来いって感じ。バンクーバーではYMCAに泊まって、自分の足であっちこっち見て回ったり、カピラノ渓谷に行くグレイラインの半日バスツアーを申し込んだりした。バスツアーは大勢の人だったんだけど、僕の他に唯一、一人で旅をしているらしい女の人を発見、カピラノ渓谷で思い切って話しかけてみた。彼女はLibbyっていうオーストラリア人で、あっちこっちをバックパッカーとして旅をしているんだけど、バンクーバーが旅の最後で、この後はオーストラリアに帰るらしい。

d0113429_3241413.jpg
恐怖! カピラノ渓谷の吊り橋

d0113429_3241659.jpg
オーストラリア人のLibby

 グラウス・マウンテンってところにケーブルカーで昇って昼食だったんだけど、このときも彼女と一緒にハンバーガーを食べて、いろんな話をした。一人旅も気楽だけど、こんな風な出会いも楽しいなって心底思った。ツアーが終わった後は、一人でまたいろんな所に行ってみる。特に朝のスタンリーパークのサイクリングがすごく気持ちよかった。最初の一人旅、大成功だった。

d0113429_3241830.jpg
スタンリーパークでのサイクリング

 バンクーバーへの旅行で味をしめた僕は、日本に帰る前にもう一度ということで、9月の終わりに今度はカナダのビクトリアへの旅を計画した。この頃はシアトル-ビクトリア間の高速船もなく、車も積み込める大きなフェリーでの4時間半かかる旅だった。バンクーバーに行った時にはYMCAは予約してたんだけど、今回はちょっと旅慣れた感じで観光案内所に行ってホテル探しをしてもらったりした。ブッチャートガーデンのツアーも申し込んだり、有名なエンプレス・ホテルでのアフタヌーン・ティーも予約を入れたりした。アフタヌーン・ティーの予約を入れるときに、ホテルに行って注意書きを呼んでみると、ジーンズは不可とのこと。「どひー、ジーンズしか持ってきてないよー」ってことで、一応それを係のおばさんに言ってみたら、僕の服装を上から下まで見て、「その服装だったら大丈夫よ」って笑ってくれた。確かにジーンズを履いてたんだけど、シャツはボタンダウンのちゃんとしたヤツだったからOKだったのかもしれない。とにかくブッチャートガーデンも、アフタヌーン・ティーも本当に良かった。ガーデン巡りは一人でも楽しかったけど、やっぱりアフタヌーン・ティーは一人じゃちょっと寂しい感じだったな。ウロウロしながら時間を持て余してたら、シガニー・ウィーバー主演の映画 “Gorillas in the Mist” が封切りになってるのを発見。思わず入って観ちゃった。外国での初めての映画体験。今回の旅もバンクーバーのときと同じく大成功。シアトルにフェリーで着いたのはもう真っ暗になってからだったから、バスを待ってるときはちょっとハラハラしたな。治安のいい町とはいえ、やっぱり暗くなってからの雰囲気はちょっとヤバそげな感じがあったし。

d0113429_3242375.jpg
ブッチャート・ガーデン

 とにかく2ヶ月の間、仕事もしながら、詰め込めるだけ詰め込んだ旅だった。今度出張に来たときには一人で行動できるようにってことで、車の免許もこっちで取ったし。アメリカに来るまでは、車を運転することなんて一生ないだろうって思ってたんだけど、やっぱりアメリカでは必需品。簡単な筆記試験をパスした後、ちゃんと教習所に申し込んで一から運転を習った。こっちでは「教習所」っていう場所は存在しなくて、教官が車に乗って会社まで迎えにきて、公道で運転を習っちゃう。初めてのレッスンでいきなり公道だったからすげービビった。でも最初の実地試験で見事合格してよかったよかった。あとやっぱり心に残ってるのが、会社の人に乗せてもらった小型飛行機。ボーイングフィールドから飛びたって、『ツイン・ピークス』で有名なスノカルミーの滝の方までぐるっと回って飛んできた。「趣味で飛行機の運転習ってる」とかって言えちゃうところがやっぱりアメリカだよなってひどく感心した。

d0113429_32420100.jpg
小型飛行機!
左が僕の上司(パイロットじゃありません)

 アメリカの生活は、一つ一つのことに驚いたり感動したりするんだけど、すぐ馴染んじゃうんだよね。まるでここに生まれたときから住んでましたって感じに。子供の頃から特別な存在だったアメリカ、もしかしたら前世はアメリカ人だったのかもなんて思っちゃう。初めて来て2ヶ月も住んじゃうなんて思いもよらなかったけど、すごくいい経験だった。
[PR]
by alexsea | 2001-02-03 00:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)
お仕事お仕事、韓国旅行 (1988)
Seoul Food
お仕事お仕事、韓国旅行
July 24, 1988 - August 1, 1988


 大学4年生のときにNHKの『シティ・インフォメーション』という衛星放送の番組で、あるコーナーを担当するニュースキャスターのような仕事をしていたのだが、それを見た他の部の人が僕を推薦したらしい。時はソウル・オリンピックが始まるちょっと前。NHKの衛星放送では、韓国の若者の暮らしを、同じく若者が伝えるといった8時間の生放送を企画していた。その番組のメインキャスターとして、日本からは僕、韓国からは在日韓国人だった女の子の2人が選ばれたのだった。劇団で色々な仕事をやってきた僕だったけど、海外に行ける仕事ってのは今回が初めて。もちろん二つ返事でOKした。「8時間」の「生」放送ってのがちょっと気がかりだったけど。

 約2時間の飛行機の旅は本当に短く感じた。入国審査官が”News Coverage”という言葉がわからずにちょっとだけ足止め食ったけど、すんなり入国。辺りを見回すと…文字が読めない!! すごく当たり前なんだけど、改めて世界の大きさに驚いてしまった。英語圏の人が日本に来たらやっぱりこういうショックを受けるんだろうなぁとか考えながら、僕の旅が始まった。

 今回の旅は韓国の若者の生活を伝えるというものだったので、いろいろな取材をする。彼らの間で流行っていたビリヤード場で話を聞いたり、一番人気の俳優にインタビューしてみたり。また食べたことのない韓国ならではの食べ物とかに挑戦したりした。特筆すべきは「キムチピザ」。友達にこの話をするとゲーッとか言われるんだけど、これがホントに美味しかった! 要は普通のピザの上にキムチが山ほど乗ってるだけなんだけど、ピザの味にピリッとしたキムチがあんなに合うなんて知らなかった。日本でしかピザを食べたことのなかった僕は、見たことのないようなすごく薄いピザ生地に戸惑いはしたんだけど、勇敢にも手で持って食べようとしちゃって、両手がもうベトベト。そういえば一緒にナイフとフォークも出てきてたっけ。ずっとその様子を録画されてる僕は、「これってやっぱりナイフとフォークで食べろっていうことだったんでしょうか?」とか真っ赤な顔してカメラに向かってコメントするしかなかったっす(笑)。

d0113429_3182151.jpg
キムチピザ美味しかった!

 あと夜には屋台で有名なところに行って、タコの活け造り(?)も食べなきゃいけなかった。屋台のおばさんが水槽の中で泳いでる小さめの白いタコを取り出して、ブツ切りにして、皿に乗っけて出してくれるんだよね。皿の上でもまだ元気にうごめいてるタコを食べるのはやっぱりちょっと気が引けたけど、取材だから食べなきゃいけない、それに他の人だってみんな食べてるしってことで、勇気を出して口に入れてみました。が、口の中でまだ動くし、飲み込むときにも喉にひっかかりそうで、かなりコワかった。でも味自体は海の香りを凝縮したって感じで、そんなに悪くはなかったんだよね。周りの人は僕がどんな反応するか興味津々で眺めてたみたい。これって外国の人が来たときに納豆を食べさせてその反応を見るってのと、どこかしら似てるかも(笑)。

 仕事だということで、食事もホテルも全てNHK持ち。なので、ゴハンはいつも美味しいところに連れて行ってもらってました。やっぱり韓国は焼肉っす! もう涙が出るくらい美味しかった。焼いてくれる店の人が肉をハサミでジョキジョキ切っちゃうのはビックリしたけど、もう肉もタレも文句の付け所のない味。カルビの骨のところはまだ肉が付いてるんで、骨に紙ナプキンをくるくる巻いて、ハイって渡してくれる。この骨に付いた肉がもーーー最高っ! 食べ過ぎに続く食べ過ぎでお腹の調子が始終悪かったんだけど、ここで引いていられるかってことでとにかく食べ続けました(笑)。サラリーマンの人達の昼食人気ナンバー1って紹介された、キムチチゲ(鍋)にはインスタントラーメンの麺を入れて食べて、これがまた最高。あと鳥のお腹にもち米を入れてスープで煮たサムゲタンも最高。ビビンバも最高。とにかく「美味しくないもの」ってのを一つも食べなかった気がするな。あぁ、韓国、また美味しいものを食べに行きたいよう。ホテルはホテルで、VIPフロアにあるVIPルームを使わせていただいてました。部屋には僕の名前の印刷されたノートパッドとかがあるし。これもまた感動。なんかこんなに幸せでいいのかって感じ。

 向こうのNHKのスタッフの人たちも、全体的に若い人ばっかり。在日韓国人だった人がほとんどだったらしく、意思の疎通は全然困らなかった。すごく仲良くなっちゃっていろいろ遊びにも連れて行ってもらったし。なんだか大学の仲間とつるんでるような、そんな感覚だった。すげー笑ったのが、一緒に司会をやった女の子と世間話をしてたとき。どういう話でそうなったか憶えてないんだけど、僕が『1年B組新八先生』に出てることを言ったら、彼女が「あたしの中学にもその番組に出てた子いたよ」とのこと。彼女が日本に住んでた場所から考えて「ひょっとしてそれって松○△?!」「そーそー、その人!!」って二人で大笑いしちゃった。韓国に来てまで僕の友達を知ってる人がいるなんて、思いもよらなかったよん。世界って狭い(笑)。ちょっと怖かったのが、NHKのオフィスにはガスマスクが常備してあること。大学近くで暴動が起こることがあって、催涙ガスとかが使われるそうな。ビビリました。あと夜になると、何本ものサーチライトが夜空に動いてるんだよね。日本だったら単なる飾りや宣伝なんだけど、ソウルではれっきとした本物。やっぱり社会主義の北朝鮮と隣り合わせだっていう緊張の一端を感じてしまった瞬間だった。あとさ、繁華街とか行くと男同士でも手を繋いだり肩を組んだりして歩いてるんだよね。日本では女の子達はよく手とか繋いでるけど、男が肩組んで歩いてるなんて見たことなかったから、ちょっとした驚きだった。聞いてみると、韓国ではスキンシップをすごく大事にしてるから、そういう光景はすごく普通なんだってさ。ああ違う文化なんだなってちょっと思った一瞬だった。

 8時間の生放送とはいえ、半分くらいはもう既に録画してある取材フィルムを流すため、そんなに大変じゃなかった気がする。ただ人に生放送とかでインタビューするときとかは、上手い言葉が見つからなかったりで、自分で修行全然足りませんとか思っちゃったり。でもいろんな取材ができたり、あっちこっちに連れて行ってもらったり、普通の観光じゃ絶対に味わえないような経験をしたんじゃないかな。

d0113429_3182315.jpg
放送終了後、若いスタッフ軍団と

d0113429_3182521.jpg
韓国美人2名。
左側が一緒に司会をやってくれた女の子。

 ショックだったのが、放送が終わった日の打ち上げパーティー後、ショーウィンドウに女の子達がまるで商品のように並んでいる場所に連れて行かれたこと。そりゃそういう場所があるとは聞いていたけど、やっぱりそれを目の当たりにするとかなり衝撃を受けてしまう。連れて行ったうちの一人が「こんなことでショック受けてたら、ニュースキャスターになれないぞ」なんて言ってたけど、自分の行動を正当化する言い訳にしか聞こえなかった(ニュースキャスターになる気も全然なかったし(笑))。僕をそういう所に連れて行くことが接待だと思われたことが、自分としては一番腹立たしかったんだよね。取材の一環ってならともかく、僕自身にはそういう遊びをする趣味はないわけで。もちろん個人の自由なんだから、そこに行く人達を責めるなんてつもりは毛頭ないけど、それが一般的に「もてなし」の一つだと考えられていること自体、すごくおかしいような気がしてならなかった。てなわけですぐにタクシーを呼んでもらって一人でホテルに直行したのでした。嬉しい・楽しい・大好きソウルが続いた後の、ちょっとほろ苦いエンディングでした。

 まぁ落ち込んだもの一瞬で、次の日にはデパートでキムチを山ほど買い込んでから日本に戻りました(笑)。すごく楽しかった韓国、また絶対に行きたいな。
[PR]
by alexsea | 2001-02-02 00:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)
初めての海外旅行 オーストラリア (1986)
Expanding My Horizon
初めての海外旅行 オーストラリア
January 11, 1986 - January 18, 1986


 「視野が拡がった」
 これが初めて海外に出て、日本に帰ってきたときの第一印象だった。

 最初の旅行の話は、文字通り突然舞い込んできた。母の友人で、僕も親しくさせていただいていた、ある雑誌の編集長からの、それはそれは絶対に断れないようなオファーだった。1986年、ちょうどハレー彗星が地球の近くにやってきているその年、NECがオーストラリアのクーナバラブラン(Coonabarabran)というシドニーからちょっと内陸に入ったところに、ハレー彗星観測所を設けていた。そこに技術者を何人かその編集長の所から送っていたんだけど、その一人が都合によって行けなくなったらしい。なわけで、観光で行ってみない?というお誘い。もちろん旅費はぜーんぶ、タダ。まるで宝クジにでも当たったような気分だった。

 小さい頃から英語は大好きだった。子供の頃コンピュータをさわりはじめた頃は、まだ日本にはそんなの個人で使えるコンピュータなんて出てなかったし、アメリカのコンピュータ(TRS-80)を買っても、ソフトやゲームや説明書も、全て英語。とにかく、ゲームなんかで遊ぶには辞書と首っ引きで、画面いっぱいに表示される英語を読むしかなかった。日本語とは違って、26文字で全てを表すことのできてしまう英語がすごくシンプルでスマートに思えたし。てなわけで、英語の勉強だけは小さい頃から欠かさなかった。高校のときは留学にすごく憧れてて、ロータリークラブってとこの留学試験を受けたりしたんだけど、面接まで行ったもののすごい倍率で当然落ちちゃったりして。んなわけで、海外(特に英語圏)にはずっと本当に出てみたかった。

 さてさて国内旅行もあんまりしたことのなかった僕は、カメラも持ってなかったりして(笑)、大学の友達にカメラも借りて、生まれて初めての記念すべき海外旅行へ旅立った。成田-シンガポール間では、韓国人の男性が隣りに座った。お互いカタコトの英語でどこへ行くのかとかを話し合う。この時は感動だった。英語圏でない同士が、英語を媒介にしてお互いの意思を相手に伝えることができたんだから。英語ってやっぱりもう世界共通語なんだなって、心から感じた。小さい頃から「英語だけは絶対に将来役に立つ」って思って頑張っておいて本当によかったー。シドニーの空港で1時間半もウロウロした後(迎えに来てくれる人たちが、スケジュールに書いてあった<到着時間>+1の意味が1時間遅れだと思ったんだって(笑))、抜けるような青空、とてもドライな暑さのシドニーにやっと感動することができた。

 シドニーではまず一人で市内を歩き回った。センターポイントタワーとか、オペラハウスも見に行ったり(中にはは入れなかったけど)。太陽が照りつけていて暑いことは暑いんだけど、全然ドライだから風が汗を乾かしてくれる感じで、気候的な違いに終始感動してたな。水中翼船でManly Beachってとこにも連れてってもらって、海で遊んだりもした。日本でもあんまり海には行かなかったし、しかもここは外国のビーチだってことで、「うわー外人ばっかしー」とか思ってた。でもふと我に返って「ここでは僕が外人なんじゃん」とか一人で笑ってたことを憶えてる。なんか周り中モデルみたいな人たちばっかりだったな(笑)。日本ではあまり見なかった大道芸みたいなヤツもあっちこっちでやってた。みんな楽しみながら演って、楽しみながら見てる感じで、すごくよかった。

d0113429_343564.jpg
Manly Beach

 クーナバラブランは人口3千人ほどのとても小さな町で、シドニーから3~4時間のドライブだったと思う(途中のもっと小さな町の中華料理屋でランチにしたんだけど、ここの料理がまずいのまずくないのって)。人口が少なく、車も少ないので、町の中には信号すらないのには笑っちゃった。ハレー彗星観測所はここの町のゴルフ場のワキに建てられていた。心底驚いたのが、ここのゴルフ場に野生のカンガルーがたくさんいて、夕暮れとかにはみんなで群れをなしてピョンピョン飛び跳ねながら移動してた。初めてお腹の袋に赤ちゃんが入ってるカンガルーとかも見られたし。カンガルーって動物園にいるものとばかり思ってたから、普通に野生に暮らしているのを見るとちょっとカルチャーショックって感じ。

d0113429_343869.jpg
クーナバラブラン…信号がない!

d0113429_344045.jpg
ハレー彗星観測所

d0113429_344368.jpg
観測所のすぐわきには野生のカンガルーが

 ハレー彗星は、ちょうどタイミングが悪く太陽の後ろに隠れてしまって見えなかったんだけど、それでも夜に満点の星を見たときには超感動モンだった。初めて大きな天体望遠鏡で星空を見せてもらったし。球状星雲とか、図鑑でしか見たことのなかったものを望遠鏡で眺めることができたってのは、もう本当に言葉に表せないような感動。昔から宇宙に関してはすごく興味があったしね。観測所にいる人たちに望遠鏡のこととか教えてもらったし。地球の自転によって観測している星がどんどん動いちゃわないように、望遠鏡にモーターが付いてて自動的に角度の補正をするなんてことは、この時初めて知った。

 楽しかったのは、観測所によく遊びに来ていた13歳のJasonって子と仲良くなれたこと。昼間は僕もあんまりやることがなかったんで、Jasonと一緒にあっちこっち行ってた。お家にもお邪魔しちゃったし。Jasonのお母さんが「あなたの英語は観測所にいる他の人たちよりもわかりやすい」とか言ってくれて嬉しかった(笑)。もうあれから15年以上経ってるのか~。あの小さかったJasonがもう30歳近いってのは、ちょっと想像できません。今どこで何をしてるのかわからないけど、出来ることならもう一度会ってみたいなぁ。

d0113429_344515.jpg
すごく仲良くなった13歳のJason

 最終日にはシドニーまで車で戻る途中にWild Parkっていう動物園に寄ってコアラを見たり(かわいかった~)、Rocksって場所でお土産を買ったりした。足に鎖を付けられた人の像があったのが印象的だったな。ちょっとのんびりしすぎたのか、飛行機に乗り遅れそうになっちゃって急いだ急いだ。ゲートで、「あなたが最後よ!急いで!」とか言われちゃったし(笑)。

d0113429_344779.jpg
Rocks

 たった一週間の短い旅だったんだけど、本当に盛り沢山ですごくいい旅だった。いろんな人と知り合えたし、なにより「世界は日本だけじゃない」ってことを頭の中に焼き付けられたみたいで、帰ってきた後は自分がどこか変わったなって感じたもん。特にオーストラリアの人たちの親切と笑顔は、今でも心の中にはっきりと残ってる。初の自分改革の旅、大成功ですごくラッキーだったと思う。
[PR]
by alexsea | 2001-02-01 00:00 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)