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プロフィール
シアトル在住のAlexです。
ソフトウェアデベロッパーをやっていましたが現在は休憩中。日本にいるときには役者をやってたりしました。歌ったり踊ったり、食べたり飲んだりが大好きです。 ● 詳しいプロフィール ● 旅行記メニュー note: https://note.com/alexsea (個人的に連絡を取りたい方は、メールアドレスの入ったメッセージを非公開コメントとして残していただけると嬉しいです) カテゴリ
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英語
なぜだかわからないけど、僕は小さい頃から英語に興味があった。今から考えてみても、どうしてなのかわからない。ただ漠然とした興味が最初にあって、それから全てがスタートしたんだと思う。
一番最初に英語に触れたのは、小学校3~4年くらいのときに通ったLL教室だったと思う。これもどうして通うことになったんだか全然覚えてないんだけど、その頃よく遊んでいた山下くんという同級生と一緒に通っていた。でも英語を真剣に勉強するっていうよりも、遊び友達と一緒に学校と違う環境にいれるってのが楽しかったからだと思う。先生が若い女の人だったんで、授業中に先生をからかって遊んだりしてた。そういう面で楽しかったのは覚えてるんだけど、ここで英語を覚えたかどうかはちょっと不明。ただアルファベットというものに抵抗感を抱かないようになったのは、もしかしたらこのお陰なのかもしれない。 次の英語との出会いは劇団に入ってからかな。劇団でみんなの世話を焼いてくれた西村先生が英語好きな人で、先生が僕の台本に書いてくれた筆記体の僕の名前が、すごくカッコよく思えたのをよく覚えてる。それと、運命的とも言えるある仕事との出会い。『学研のLくん』って知ってる? その頃学研は色々な教材を出してたんだけど、その『Lくん』シリーズで英語のカセット教材を出していたらしい。その“ケン”役で僕が声を当てることになった。この時のLくん役が、NHKの英会話番組で知ってる人もいると思うマーシャ・クラッカワーさんだった。英語に対しての抵抗感はないものの、本格的に英語を声に出して“読む”のはこれが初めてだった。マーシャさんも先生役の男の人(小川邦彦さん)もとても親切に、根気強く僕に英語の発音の基礎を教えてくれた。僕が間違った発音をしたときには、「マーシャの口見て」と自分の口を指差して、ゆっくりと発音してくれた。このときに、TH、V、Rの発音なんかの基礎を覚えたんだと思う。スケジュールの関係上そういうリハーサルができないときには、マーシャさんが次の台本の英文をどう発音するかってのをわざわざ僕のためにテープに録音してくれていて、それを自分で聴いて練習することができた。今から思うと、ものすごく贅沢な体験をしたもんだと我ながらビックリする。この仕事があったからこそ、英語の発音の基礎を抵抗なく学ぶことができたんだと思う。これがなかったら、今の自分はなかったかも。それにしてもマーシャさん、どうしてるかな。もう一度会ってお礼を言いたい。 「洋画の吹き替えをやってたのも影響してるんじゃない?」って母は言うんだけど、これは全く関係ないと思う。洋画の吹き替えは片耳で原音を聞きながらセリフを読むんだけど、原音を聞く理由は、セリフの出だしと終わりを合わせるためと、オリジナルの抑揚を掴むため。日本語のセリフを喋ってる間に英語を聞いている余裕なんてないし。他の人がセリフを読んでるときには原音を聞いていられるけど、英語を知らなければただの「外国語」だし、それを注意深く聞こうなんて気にもならなかった。 同時期に出会ったのが、兄の買ってきた洋楽のレコードと、竹内まりや。兄はビートルズをよく聴いていたし、『幸せの黄色いリボン』なんて曲も聴いてて、僕は歌詞カードに書いてある対訳に感動してたことを覚えてる。竹内まりやは今でもよく聴いてるんだけど、最初に聴いてからすぐに彼女の唄が好きになっちゃって、よく一緒に歌ってた。一枚のアルバムの中には必ず一曲は英語の曲が入ってて、それも彼女の発音を真似しながら歌ったことを覚えてる。今でこそ彼女の発音にはほんのちょっとだけ日本人的な匂いを感じ取っちゃうけど、その頃は本当にキレイな発音だと思ったもん。“勉強する”英語と違って、まさに“歌いたいから”、“楽しいから”という理由で発音を覚えていった。 またまた同時期に出会ったのが、タンディ・ラジオシャックという会社のTRS-80というコンピュータ。“コンピュータ”というものが、一般庶民の手に届くようになってきた最初の一歩の“パソコン”(その頃はマイコンって呼ばれてたけど)だった。アメリカ製だけあって、全てが英語。なにせ英語を読まなきゃ操作できないので、ここでも英語を勉強するハメになる。でもこれは会話英語とは全く違って、いわゆるコマンドとエラーメッセージを覚えるくらいだったけどね。本格的に英語を「読む」ことになったのは、あるアドベンチャーゲームを手に入れてから。アドベンチャーゲームってのは、自分がその物語の主人公になった感じで、コンピュータの中の仮想世界を冒険できるゲーム。今のゲームのように素晴らしいグラフィックなんかまだ可能じゃない時代だったから、その仮想世界を表現するのは全て英語。「あなたは四角い部屋の中央にいる。北には通路が続いていて、西側には鍵のかけられた窓がある。南にはクローゼット、東には壁にポスターが貼られている。どうしますか?」というような、画面一杯に出てくる英語を読まなければならなかった。でもさすがゲームというだけあって、これを遊びたい一心で、知らない単語を辞書で引きまくりながら、頑張って遊んでたことを覚えている。まだこの頃は小学校6年生か中学1年くらいだったから、文法なんかは全然知らない。でもなんとか単語を繋げて、あーこれはこういう状況なんだなってのを理解しながら、少しずつゲームを進めていった。思えばこれで辞書を引くのが速くなったんだなぁ。中学の英語の時間に、辞書を引いて訳を書いていくっていうテストがあって、他の人たちの倍くらいのスピードで終わらせたときには、先生が驚いてたことが思い出される。 こうして考えてみると、僕って英語と本当にラッキーな出会い方をしたんだなって改めて思う。なぜ英語を学ばなきゃいけないのかわからないまま詰め込み式の教育をされたんじゃ、英語に対して悪印象を持つのも当たり前。もう少し違った出会いをしていれば、もっとたくさんの日本人が英語好きになってたかもしれないのに。僕は英語といい出会い方をした上に、歴史や高度な物理とは違って、英語だけは将来絶対に役に立つと思っていたので、英語を勉強することも苦にならなかった。いや、自分にとっては“勉強している”という気さえなかったのかもしれない。 旅行記『初めての海外旅行 オーストラリア』にも書いたけど、オーストラリアの飛行機の中で、隣に座った韓国人の人と英語を媒介にして話ができたのは本当に感動だった。お互いに片言だったんだけど、ちゃんと意思の疎通ができたんだもん。日本語と韓国語という二つの言語だけだったら全く話せなかったのに、英語という共通な言葉を使うことによって、本当ならば話ができなかったであろう国の人とちゃんと会話ができる…。これは本当にショッキングな出来事だった。 英語の読み書きは小さい頃からの興味によってかなり自信があったものの、英会話となると話は別。最初にアメリカに出張したときには、本当に心臓ドキドキ状態だった。英語の話せる上司と同室だとはいえ、ミーティングなんかも全て英語だったし、おまけに車の免許まで取る決心をしちゃったもんだから、運転の練習を教わるのも全て英語。かなり最初は緊張した。特に怖かったのが電話。顔を見ながら会話をするときには、相手のボディランゲージなんかで聞き取れなかった単語を補うことができるんだけど、電話ではそうはいかない。特に早口でバーッと喋られると、「???」な感じでパニックに陥ってしまう。こちらから電話をするときにも、まずメモに自分の言いたいことを全部英語で書き出しておいて、電話の前でゆっくり深呼吸をしてからダイヤルするようにしていた。電話は今でも僕の苦手領域の一つ。特に電話で名前を言われても、初めて聞く名前だと全然わからないんだよね。 アメリカに住むようになって、僕にとって本当にラッキーだったことは、レドモンドからシアトルに引っ越してすぐに、いつも行動を一緒にできる友達と知り合えたこと。Timはフィリピン系だけどアメリカ生まれアメリカ育ちの完全なアメリカ人。Tomはアイルランド系のアメリカ人。Edはフィリピン育ちだけど、まだ10代の頃にアメリカに来て、アメリカ国民になってるし。毎日とはいかないまでも、ほとんど2~3日おきくらいにみんなと会って遊んでた。会話は彼らと付き合い始めてから急に力がついた気がする。英会話のクラスでは絶対に学べない微妙なニュアンスは、実際に体感してみないとわからない。誰かに会うというシチュエーションだけにしても、日本で学ぶ”How are you?” “I’m fine, thank you, and you?”という受け答えだけじゃなくて: “How are you?” “What’s up?” “What’s new?” “How’s it hanging?” なんていうバリエーションがあるし。最初の頃は”What’s up?”や”What’s new?”に対する答え方がわからなくて苦労したなぁ(一般的な答えは”Not much”や”Same old”など)。 最初のうちは頭の中で日本語を考えて、それから英語に訳して話すって感じだったんだけど、最近ではほとんど反射になってる気がする。話をするとき、英語で考えて英語で話すって感じかな。これって難しいことのように思うかもしれないけど、長く英語に浸かった生活をしていると自然なことなんだと思う。理論で考えるよりも、その場の雰囲気で理解する。日本語だって、いちいち頭の中で「これはこういう意味だ」なんて理論的に考えてるなんてことはないしね。でも未だに慣れないのがジョークを言うときのタイミング。日本語だと相手の言葉に対してすぐにボケとかツッコミを入れられるけど、英語だとやっぱり少しタイムラグがあるので、「あっ!ここでこういうツッコミをしたい!」と思っても、それが口から出る頃にはもう会話の流れが変わってしまっていることが多々ある。これは悲しい。もっと慣れて、ポンポン冗談を言えるくらいになりたいな。 もう世界の共通語になっている感のある英語。これによってどんなに世界が広がるかってのを、もっと多くの人に知ってもらいたいなぁ。同じ旅行をするにしても、現地の人と会話ができるのとできないのとでは、楽しみ方が全然違う。英語圏以外の国に行くと、本当にそれがよくわかる。“英語を学ぶ”っていう気の入れ方じゃなくて、“外国の人と話をしたいから、そのツールとして英語を使いたい”って姿勢の方が楽しいかも。英語はただの道具。それをどう使うかは個人次第。日本でも、この楽しさを前面に押し出した英語教育をお願いしたいな。 (おまけ) こっちでよく耳にするホメ言葉が、「君の英語は日本人的発音じゃないね」という言葉。逆に「日本人的発音ってどういうの?」と聞いてみると、やっぱりTHの発音とRの発音の間違いのことらしい。英語には日本語のような「あいうえお」の母音だけじゃないので、それを極めようとすると難しいんだけど(僕も鋭意勉強中)、子音の発音は実はポイントだけ押さえればすごく簡単な感じなんで、そのポイントをご紹介。子音の発音さえちゃんとしてれば、「日本人的発音」なんて言われない。母音の勉強はそれから後でも全然OKだと思う。 “TH” これは歯と歯の間に舌をちょっとだけ入れて、そこから空気を出すことによって発する音。”This”とか”That”は、「ディス」「ザット」じゃない。単語の中に”th”が現れたら、そこで歯と歯の間に舌を入れて息を出す。 “R” 「らりるれろ」の”R”ではなく、舌を口の半分くらいまで巻いて音を出す。巻きすぎると逆に外国人っぽい発音になってしまうのでご用心(笑)。”Rice”は「ライス」ではなく、最初に舌を巻いてから「アイス」と言ってみるのがいいかも。「ライス」と日本語発音で言うと”Lice”(シラミ)のことになってしまう。 “L” これはあまり気にしなくて日本語の「らりるれろ」と同じ発音だと思ってればいい。実際にはちょっと違うんだけど、”R”の発音さえしっかりしてれば、”L”の発音は「らりるれろ」で全然おっけー。 “F”, “V” どちらも上の歯で下唇をちょっと噛んでから音を出す感じ。これは”TH”や”R”の発音に比べたら簡単だよね。でもこれをやるとやらないとじゃ意味がまるっきり違うことがある。下唇を噛まない”Base”と、下唇を噛む”Vase”とでは意味が全然違う。 この4点さえ気をつけて意識しないで発音できるようになれば、きっと相手にもっとわかってもらえるようになるはず。…考えてみれば、学生時代の英語の先生の発音、最低だったなぁ(笑)。
by alexsea
| 2004-06-28 00:00
| エッセイ
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Comments(2)
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
>匿名さん
メール送ったよ! 連絡ください!!
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