![]() From Seattle, WA, USA
by Alex プロフィール
シアトル在住のAlexです。
ソフトウェアデベロッパーをやっていましたが現在は休憩中。日本にいるときには役者をやってたりしました。歌ったり踊ったり、食べたり飲んだりが大好きです。 ● 詳しいプロフィール ● 旅行記メニュー (個人的に連絡を取りたい方は、メールアドレスの入ったメッセージを非公開コメントとして残していただけると嬉しいです) カテゴリ
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話しておかなければならないこと
朝はいつもの通り耳栓をしてゴロゴロしていて、目が覚めたら9時近くでビックリ。9時半に家を出て、百観音温泉に向かう。
温泉の入場料は、大人一人¥800、それにレンタルタオルのセットが¥300。普通なら中でどうしたらいいか戸惑ってしまうところだけど、1月に別府のひょうたん温泉に行ったばかりだったので、なんとなく要領は覚えていたのでよかった。ここには『阿弥陀の湯』と『菩薩の湯』の2つがあって、それぞれ男湯と女湯に振り分けられていて、2週間毎に交代するらしい。どちらもほとんど同じ構造だけど、『阿弥陀の湯』には『菩薩の湯』にはない寝湯というものがあるらしい。今日は『菩薩の湯』が男湯だった。 ![]() 男湯と女湯は2週間ごとに入れ替わるらしい まず内風呂で体を洗った後は、露天の高濃度炭酸泉へ。かなりぬるいお湯なんだけど、浸かってしばらくすると全身に泡がくっついてくる。なんでもこの炭酸が肌から吸収されると毛細血管を開かせ、それがきっかけで体の中の老廃物が流されたり、新陳代謝が良くなったりするらしい。温度が低いので15分以上浸かってたんじゃないかな。この後他にも色々まわったけど、この炭酸泉が一番人が多かった。 その後は階段を上ったところにあるもう一つの露天風呂エリアで、ここのメイン温泉らしい赤いお湯の岩風呂へ。こちらもそれほど熱くなく、ゆっくりと浸かっていられる感じ。アルカリ性らしく、お湯の中で肌を触るとツルツルする。なんか「温泉の効き目!」って感じでいいなぁ。 ここにもしばらく浸かってたんだけど、そのすぐ隣にある『寝ころび温泉』が僕には気になってしょうがない。地面に温泉を流してあって、その上に寝転ぶことのできる場所が5人分くらいある。もうそこには4人寝ていて、そのど真ん中が空いてたんだけど、最初はそこに入っていく勇気がなくて躊躇してたんだ。そこだけ空いてるから壊れてるのかとも思ったりしたんだけど、よく見るとちゃんと温泉は地面を流れてる。10分ほど岩風呂にいた後は、他の人がその場所を取ってしまわないうちに、勇気を出して寝転ぶことにした。気持ちいい! 温泉は単に地面を1cmくらいの深さで流れてるだけなんだけど、背中からポカポカと温まって、体の上側は風で冷やされて、とてもいいバランスだ。隣の人もイビキをかきながら寝てたけど、それくらいリラックスできる。でもこれって夏だから気持ちいいんであって、冬には事前に体をよく温めておかないと寒いかもしれないなぁ。眠りには落ちなかったけど、そこで20分くらい空を見ながらリラックスしてた。その後はもう一度岩風呂に入って体を少し温めてから、中の洗い場でもう一度髪を洗ってから外に出た。 11時から1時間のマッサージを予約してある。やってくれるのは60代くらいのおばさん。今までに受けたマッサージで、女性が施術した時には力が弱かったことが多々あったので危惧してたんだけど、始まってみるとそんな考えは吹き飛んだ。強すぎて痛いよ!(笑) 全体重を乗せてくる感じで的確な場所をマッサージして、確実に体をほぐしてくれる。整体とマッサージが一つになったような感じで、腰骨や背骨を位置調整してくれたり、股関節の調整もしてくれたりした。時には声を上げてしまうくらい痛かったけど、終わってみたら体がものすごく軽くなっていてビックリ。知らないうちに凝りが溜まってたんだなぁ。おばさん、最初は疑ってしまってゴメンなさい。これで1時間¥5,700は安かった! 心身ともにリラックスした後は、そこのレストランの唐揚げ定食でランチ。なかなか美味しくてグッド。この百観音温泉、安くて満足度が高い。自分のタオルを持って行けば¥800で済んじゃうので、来週も来ることにしようかな。今度は『阿弥陀の湯』の方も試してみたいな。 ![]() 唐揚げ大好き! 百観音温泉の正面玄関前には、入るときに気がつかなかった観音堂があった。百体あるのかわからないけど、ここにはたくさんの小さな観音像が祀られていて、とてもいい雰囲気。僕も今日いいお湯を使わせてもらったことに感謝してきた。 ![]() 観音堂はとてもいい雰囲気 母が豆腐を食べてみたいらしいので、スーパーで豆腐と草餅、それに家呑み用のチューハイを大量買いしてから病院へ。 母はずっとシアトルの家で2週間に一度ゲーム大会を開いていて、友達とみんなでドミノをするのが楽しみの一つだった。それにずっと参加していた日本語を話す韓国人友達がいたんだけど、その人が9月1日に亡くなったとの知らせを受けて、とても落ち込んでいた。その彼女は肺がんを患い、脳にも転移があって治らないことはわかっていたけど、楽しいことを続けたいということで、息子さんに送り迎えしてもらってゲーム大会にずっと参加していた。7月の終わりに母が日本に帰ることが決定した後の、最後のゲーム大会にも来てくれていた。病気的に母も同じような状況にいるとはいえ、ずっと一緒に遊んでいた友達が亡くなったというのは、やっぱりショックだったらしい。その彼女の家族は日本語が話せないらしいので、母はお悔やみのLINEを英語で送ってくれと僕に頼んできた。 病院の食事がほとんど食べられなくなったので、今週の頭くらいから食事はストップしたらしい。その代わり1日に2時間ほど、電解質の入った点滴をしている。点滴をすると、水を飲んだだけではダメな、乾いた口の中が少し治るとのこと。腫瘍もどんどん大きくなっているらしく、お腹の辺りにかなり圧迫感があるみたい。寝ている時には平気だけど、ベッドの上に座ったりすると圧迫感を感じると言っていた。今のところ痛みがないのが救いといえば救いだけど、これからもっと圧迫感が大きくなって不快感が増すことになると、やっぱり鎮痛剤を強いものに変えなきゃいけないことになるのかな。買ってきた豆腐は、小さなパックの1/4くらいしか食べられなかった。 テレビでやっていた『科捜研の女』では新興宗教がテーマだったこともあって、新興宗教は怖いといった話から、祖母がやっていた宗教の話にもなった。それは新興宗教ではないけれど、子供の頃よく僕も祖母と一緒に教会に行っていた。祖母は毎晩寝る前に神棚に向かって祝詞を唱えていたので、それを聞きながら眠った僕は無意識のうちに覚えてしまったらしく、この間の東京大神宮での御祈祷の時にも、半分くらいは頭の中で復唱できてたのには驚いた。子供の頃覚えたことって、忘れないもんだね。 宗教の話が出たのだから、聞きたくないけどこの際聞いておかなければならない、お葬式のことを母に聞いてみた。母がずっと考えていた検体のこと、お葬式のこと、お墓のこと、遺灰のことなんかを、こと細かに話すことができた。母はお葬式はいらないと強く言うんだけど、祖母は仏教で送り出されているので、母が彼岸で祖母に会えるのかどうか心配だと告げると、母は「会えるわよ! Foxにも会えるわよ!」とのこと。そこらへんは、僕ら人間が考えているほど厳密じゃないのかもしれない。今は樹木葬や自然葬もポピュラーになってきているらしいしね。 あ、そうそう。アメリカで母が検査入院した時の請求書が届いたらしいので、メールで送ってもらった。2日間の検査入院で、保険を使う前の値段が$23,734.86(約253万円)、このうち僕が実際に払わなきゃいけない額は$1,364(約15万円)。これって一体どうなの?? アメリカの医療制度で破産する人が後を絶たないというのも頷ける。母ががんセンターで一日検査しまくって負担額が6千円ちょっとだったことを考えると、いかにアメリカの医療制度が破綻しているかがよくわかる。母の病気がわかってから日本にとんとん拍子で帰ってこれたのも、何かの護りがあったからかもしれない。 ![]() アメリカの病院で2日間の検査入院の費用は約253万円… 母と一緒に日本に来て、今日でちょうど1か月。この短い期間で、様々なことが激変した。母と別れなければいけない時は刻々と近づいているけど、こんな風に毎日一緒に色々な会話をすることができるということには、本当に感謝している。 家に帰ってからは、いつものルーチン。今日の夕食はお寿司のパック。母がいくつかの種類のお寿司を食べたいと、義姉と姪にリクエストしたらしい。食事の後、義姉と姪は母にお寿司を届けに行ったんだけど、お寿司の一つは酢飯も一緒に食べて、他はネタだけいくつか食べられたらしい。少しでも食べられるのはいいことだ。明日のリクエストは、なんとカルビ丼とのこと。そのギャップに笑ってしまった。 ![]() お寿司はとても美味しかった 兄が帰ってきた後、母との会話を伝えた。今度それはみんなで話し合うことになるんだろうけど、あまり仲の良くなかった兄と僕がこうして普通に話せるようになったっていうのも、今回の悲劇の中でも良い面の一つだと思う。 23時過ぎには布団に入ったけど、母との会話が頭の中に渦巻いて、しばらくは眠れなかった。
by alexsea
| 2019-09-04 00:00
| 日記
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