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プロフィール
シアトル在住のAlexです。
ソフトウェアデベロッパーをやっていましたが現在は休憩中。日本にいるときには役者をやってたりしました。歌ったり踊ったり、食べたり飲んだりが大好きです。 ● 詳しいプロフィール ● 旅行記メニュー note: https://note.com/alexsea (個人的に連絡を取りたい方は、メールアドレスの入ったメッセージを非公開コメントとして残していただけると嬉しいです) カテゴリ
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日本2025: 昭和レトロとマイコン博物館
朝は7時頃起床。
今日はミスタードーナツで朝食にしようと決めていた。実は僕は、ドーナツが大好物。それほど頻繁に食べるわけでもないけど、何度も夢に出てくるくらい好き。甘いクリームの入ったやつとかじゃなくて、オールドファッションとか、シナモンとか、そういうシンプル系なのが僕の好み。小学校に上がる前に行っていた保育園で、時々シナモンのドーナツがおやつとして出てくることがあった。たぶん僕にとってドーナツはあれが初めてだったんだろうけど、あの時に感じた「こんな美味しいものがあったの?!」という衝撃は今でも忘れられない。大学の時にも、駅の近くにあったミスドで、ほとんど毎日チョコファッションとアイスミルクティーを買って朝食にしていたなぁ。一度でいいからドーナツを4~5個食べてランチやディナーの代わりにしたいと思っているんだけど、日本には他に食べたいものがたくさんあるので、いまだに実現できないでいる。でも死ぬまでには絶対にやってみたいことの一つだ。 ということで旅程にまで入れていたミスドでの朝食。靖国通りのミスドまで歩いていって、開店の8時と同時に入店。僕が最初の客だった。チョコファッションがなかったので、オールドファッションとアイスティーを買って2階に上がり、新宿の街を眺めながら、カリカリに揚がった美味しいオールドファッションを堪能した。それでね、ここで流れていた音楽が80年代の洋楽! Heartの曲とか、StyxのMr. Robotoとか! ちょうど大学の頃に行っていたミスドでも80年代の洋楽が流れていたことを覚えているので、もう懐かしくてたまらない。美味しいドーナツと、80年代の洋楽と、朝の爽やかな新宿の風景。しばし小さな幸せに身を包まれていた。 ![]() 懐かしさと一緒に一日が始まる ミスドの2階席にはこの段階で4グループぐらいいたけど、僕以外みんな外国人だったのには驚いた。僕も海外在住なので、ミスドの2階はインバウンド率100%だったことになる。インバウンド、インバウンドって騒がれているのは知っていたけど、やっぱりすごいことになってるんだなぁ。 この後は新宿駅東口まで、のんびりと歩いていこう。東口の前の新宿通りに出ると、以前は小田急デパートの陰に隠れていた景色が見えて、その見通しの良さにまた悲しくなる。アルタのビルも取り壊しが始まっているらしく、STUDIO ALTAの文字もなくなっている。このビルの前で友達と待ち合わせをしたこともあったし、思い出の場所がどんどんなくなっていくというのは寂しいものだよな。 ![]() 妙に見通しのいい東口が、少し悲しい ![]() アルタの建物も解体作業中 今日は青梅の方まで足を延ばすことになっている。土曜日なのに電車は結構混んでいるみたいなので、最近始まったばかりらしいグリーン車に乗っちゃおうかな。グリーン車は2019年に兄の家に滞在していた時に使ったことがあるけど、実際に乗るまで空席があるかわからないというのがちょっと怖い。まぁ同じ方向に行く電車のグリーン車を見ているとガラガラだったので、大丈夫だろうなと思いながら電車のホームでグリーン席のチケットをSuicaに購入し、青梅特快の電車に乗り込んだ。 まぁガラガラだったのはよかったんだけど、グリーン車の赤と緑のインジケーター、直感的じゃなくない?? 赤の光が点灯している席を選んでSuicaをスキャンして、緑になったらそこに座るってヤツ。乗客の立場で考えると、緑の席に行って赤にして座るって方が普通じゃないかな。トイレの個室だって、緑の場所は空いていて、鍵をかけると赤くなるって場所がほとんどだよね。マイクロソフトの大先輩だったAさんと後でこのことを話した時に、彼も同じように考えていたことを知ってホッとした。「あれって車掌目線なんだよね」という言葉に、あーそうだよな!って思った。なんで乗客目線で考えなかったんだろう? 考えてみると、JRの券売機もユーザーインターフェースが悪いよなと思ってた。Suicaのチャージする時に、チャージの金額を選んだ後にお金を入れようとすると入らないのでおかしいなと思っていたら、「領収書なしでチャージ」「領収書ありでチャージ」のどちらかを押さなきゃいけなかったりしてムカついたり。その他にも、成田エクスプレスの切符を買おうと思ったらなかなか見つからなくて、まず「在来線特急」を選ばなきゃいけないことが判明したりとか。常識として成田エクスプレスが特急だということを知らない人には、ちょっと高いハードルだと思う。JRのユーザーインターフェースを作っている人、もうちょっと頑張ってほしいなぁ。 そんなことを考えながら新宿から約1時間で、青梅駅には10時過ぎに到着。ここではまず、前々から行きたいと思っていた昭和レトロ商品博物館を訪れることにしていた。 駅から徒歩5分ほどの昭和レトロ商品博物館は、見るからに昭和という感じの建物。中は昔の駄菓子屋の軒先を再現した場所や、昭和のおもちゃや文房具などの展示が並んでいた。最初は「ふーん、こんな感じなんだ」くらいの印象しかなかったんだけど、おもちゃや文房具の展示をよく見てみると、昔持っていたものがたくさん! ![]() 昭和レトロ商品博物館は建物もレトロ ![]() 昔のたばこ屋・駄菓子屋の店先 ![]() 昔のおもちゃがズラッと並ぶ えっ、あれはマイキット?! 電子ブロックはもちろん持ってたし、水飲み鳥も家にあった! 水に溶ける紙や消えるインクのペンなんかが入ったスパイ手帳は宝物感覚だったし、「ぺんてるくれよん」と書かれたクレヨンの箱も頭に焼き付いている。一つひとつ見ていくと、子供の頃の記憶が芋づる式に思い出されて、もう懐かしくてたまらない。あれもこれも、僕個人が持っていたものが結構多くて驚いた。母はシングルマザーで大変だっただろうに、僕には色々なものを買い与えてくれていたんだなぁ。だからこそ、様々なことに興味が持てるように育ったのかもしれない。本当に母には感謝しかない。 ![]() 基盤の電子部品に配線を取りつけて回路にするマイキット。 これは小学校時代にクリスマスプレゼントにリクエストした記憶がある ![]() 水飲み鳥は家のテーブルの上にあったし、 奥のテレビゲームは持っていなかったけど見覚えがある ![]() なめ猫にスパイ手帳… 懐かしさで感動! 2階に上がると、雪女の物語に関する展示があった。どうやら雪女のお話は青梅発祥らしく、「雪おんな縁の地」の碑も近くにあるらしい。雪女のことを書き残した小泉八雲が実はギリシャ人だったことも、ここの資料で初めて知った。最初は変な展示だなぁと思っていたんだけど、結構引き込まれてじっくり見てしまった。昭和レトロ商品博物館、僕にとっては見どころがたくさんあったので、来てよかったと思った。 ![]() 雪女に関する展示は予想以上に面白かった レトロ感を十分に堪能した後は、お昼ご飯を食べる店に向かうことにしよう。青梅駅の近くでランチの場所ということで探した結果、うなぎや天ぷらが美味しいらしい寿々喜家が見つかった。アメリカではうなぎを食べる機会なんて全くないので、日本にいるうちに食べておかなければ! この店の前で、アスキー時代のバイト先輩のNさんと、マイクロソフト時代でも先輩だったAさんと待ち合わせをして、お昼ご飯を食べることにしていた。うなぎは2019年8月に食べて以来。香ばしくホクホクした身とタレの旨味で、「あーこれだよ、これ!」ととても嬉しくなる味だった。 ![]() 寿々喜家のうな重。美味しかった! 満足ランチの後は、3人で今日のメインイベントとも言うべきマイコン博物館へ。ここはアスキー初代編集長だった吉崎さんが館長をされている場所で、僕も昔アスキー出版でバイトしていた時にお会いしたことがある。会社時代の先輩Aさんは、開館時に搬入なんかのボランティアもやったらしい。 盗難防止のため、荷物やポケットの中のものを全てロッカーに預けてから、いよいよ入館。吉崎さんに案内していただきながら、時系列的にコンピュータの歴史を辿っていった。古いコンピュータのターミナルには、1970年代のイギリスTVシリーズ『UFO』を模したメッセージが表示されるようになっていて、子供の時に映画やテレビで観てドキドキしたコンピュータそのままだ。 ![]() 子供に戻ったかのようにワクワクする 僕が人生で初めて行ったコンピュータショップ『ムーンベース』にも置いてあったAltair 8800もあった。確かこのコンピュータで、当時一部のマニアに大人気だったスタートレックゲームが動いていたんだよな。アドレスとデータを2進数のスイッチで1バイトずつ入力していった時代。一つのプログラムを打ち込むのに、どれだけの労力が必要だったんだろうか。僕はキーボードがついているコンピュータしか触ったことがないので、これは想像もつかない世界だ。でも一度でもいいから、パチパチとスイッチで入力してみたかったな。 ![]() データをスイッチで入力していくAltair 僕がコンピュータに出会ったのは10歳の時。ちょうどアメリカで『御三家』とも言えるコンピュータたちが発売された年だった。コモドールのPET 2001、タンディラジオシャックのTRS-80、アップルのAPPLE II。この中で僕が一番惹かれたのはTRS-80で、新宿にあったタンディラジオシャックの店に毎日のように通ってコンピュータを使わせてもらっていた。その頃APPLE IIだけは僕の周りで触れる場所があまりなかったんだけど、もしあの頃APPLE IIにのめりこんでいたら違う人生になっていたかもしれないな。この御三家を目の前にすると、昔の思い出がまるで走馬灯のように頭の中に蘇ってくる。 ![]() PET 2001、TRS-80、Apple IIの御三家 日本の「パソコン」でベストセラーになったのは、NECのPC-8001。このコンピュータはあまり個人的には好みではなかったんだけど、中学生時代にアスキー出版でバイトさせていただいた時によく使っていた。この博物館のコンピュータは、アスキーから持ってきたものもたくさんあるらしい。このPC-8001も、もしかするとあの時代に僕が触っていたものなのかもしれないな。そう考えると、とても不思議な感じがした。 ![]() NECのPC-8001は日本のパソコンブームの火付け役だ ここのコンピュータは時系列的に並べてあるので、ずっと見ていくとどんな風に「マイコン」から「パソコン」へ進化していったのかがよくわかる。すごく欲しかったけど買えなかったコンピュータや、高校・大学時代に持っていたコンピュータもじっくりと見ていくと、本当にその頃の情景が目に浮かぶように思い出される。昭和レトロ商品博物館といい、このマイコン博物館といい、懐かしさの走馬灯状態で、僕もしかしたらもうすぐ死んじゃう?とか冗談で言ってしまったほど(笑)。この博物館のコンピュータたちは、昔を懐かしむ意味でも、コンピュータの進化を見ていく意味でも、とても貴重なものだと思う。素晴らしい場所を作ってくれた方々、本当にありがとうございます。東京の中心からはちょっと遠いけど、また絶対に訪れたい場所だなぁ。 ![]() 『マイコン神社』のおみくじ(ガチャガチャ)には「謎のIC」がついてくる ![]() 昔のマイコン・パソコンに関する本が読める場所もある。 この本、持ってた。懐かしい! ![]() マイコン博物館には、触れる機械も展示してある いきなり吉崎さんが、白黒の写真をプリントアウトして持ってきてくれた。えっ?? これって僕じゃん! そういえば昔、NHKでマイコンを紹介する番組に呼ばれた記憶があるかも! もうおぼろげにしか覚えていないけど、自分の顔から判断するとたぶん1980年か1981年じゃないかな。司会は日本のコンピュータ界に数々の業績を残された石田晴久さんで、アシスタントは今では教授をされているSさん。僕の隣の少年は、やはりコンピュータ業界で有名なRさんらしい。彼のお名前は知っていたけど、まさか会ったことがあるとは思わなかった(笑)。僕が触っているコンピュータは、たぶん自宅から持ち出してきたTRS-80。そういえばコンピュータを運ぶために、家まで車で迎えに来てもらった記憶がかすかにあるなぁ。番組でどんなことをやったかは全く覚えていないんだけど、この写真を見るとなんだか楽しそうなので、これもいい経験だったんじゃないかな。こんな写真が残っていることも知らなかった。吉崎さん、ありがとうございました! ![]() NHKのスタジオで。こんなの忘れかけてたよ! ![]() どんなことをやったのか全く覚えてないけど、なんだか楽しそうだよね 懐かしさを200%堪能した後は、14時過ぎに帰途に就く。帰りは普通電車だったけど、ちゃんと座れてよかった。新宿に着くまでの間、ずっと昔のコンピュータの話を3人でしていた。周りの人たちにはオタッキーな奴らだと思われただろうなぁ(笑)。 ホテルに戻って一瞬だけ昼寝した後、今日の夕食は昔の同僚たちと食べに行く予定になっている。日本に帰る度に付き合ってもらっているアッキーと奥さん、それとフォトンでも一緒だったTSUさん。この前日本に来た時には、この3人と一緒に屋形船に乗ってすごく楽しかったよな。 富士屋本店 日本橋浜町はアッキー夫妻のお勧めの店。1階は立ち飲みバーで、2階にレストランがある。メニューを見てみると、たくさんの創作料理が載っていてとても美味しそうだ。最初はビールで乾杯したけど、その後はグラスワインを何杯も飲みながら、たくさんの食べ物をオーダー。全てが光り輝くような美味しさで、もう最高! 特に僕はホワイトアスパラガスのブランマンジェのどこまでもやさしい味わいと、筍のフリットに感動したなぁ。調理法もだけど、旬の食材ってことも美味しさに大きく関わっていると思う。もうあまりにも楽しすぎて、どんな会話をしたかはおぼろげにしか覚えていない。昔は飲んでもちゃんと会話は覚えていたと思うのに、今となってはそれほど酔っていなくても楽しすぎると記憶が飛んでしまうようだ。でも会話も食事も最高だったことははっきり覚えているので、まぁそれでいいかな。いつも付き合ってくれる3人、今夜はありがとう。また美味しい店を紹介してください! ![]() ホワイトアスパラガスのブランマンジェ 空豆のエスプーマと炙り赤海老 サバのリエットとイクラのブルスケッタ コショウダイのカルパッチョ 牛舌ハムカツ 筍のフリット、アンチョビマヨネーズ 仔牛フィレ肉のパイ包み焼き 地はまぐり、青唐辛子のペペロンチーノ ![]() 食べ飲み仲間と店の前で記念撮影! ホテルの近くに戻ってからは、外にテーブルが置いてあるバーで1杯だけ飲んだ。週末だけあって、街はたくさんの人で溢れかえっている。昼間は汗ばむくらいの陽気だったんだけど、夜は肌寒い感じになるな。僕は少し寒いくらいの気温が大好きなので、涼しい空気を感じながら、のんびりと行き交う人々を見ていた。 22時にはベッドに入ったんじゃないかな。今日の歩数は11,351。子供の頃を懐かしく思う、最高の一日だった。
by alexsea
| 2025-04-12 00:00
| 旅行記
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Comments(5)
センセなにこっちまで足伸ばしてw
マイコン博物館なんて15年来知らなかったな 近くの古い電気屋にずっと眠ってたファミコンロボットがもったいなくて利益無しで購入価格のままヤフオクに出したりした 青梅は山間部半分だから自然観光だと御岳=紅葉やラフティング、その先の奥多摩=キャンプ場やグランピングや古民家ホテル、塩船観音つつじ園=4月、菖蒲園=5月かな、菖蒲園の隣は勝沼城趾 御岳の手前は地酒の小澤酒造の酒蔵見学飲み比べ土産店オープンカフェ博物館など 宿泊は釜の淵の「亀の井ホテル 青梅」クマが出て討ち取られた場所 農水大臣賞受賞のとうふ工房ゆう、菅谷食品なっとう=わら納豆もある=青梅駅の土産屋でも売ってるはず 青梅駅商店街ば地ビールバーもあるかな。 青梅駅より西の多摩川の橋は全て吊橋に近いアーチ橋
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>大宮で青梅 さん
おお大宮さん、もしかして青梅も地元?! 青梅、ちょっと遠かったけど、いいところでしたー。マイコン博物館も昭和レトロ商品博物館も、その当時の友達と行ってワイワイするのが楽しい場所ですよね。東京生まれとはいえ青梅の辺りには行ったことがなかったので、今度青梅に行く時にはもうちょっとゆっくりして、地ビールバーとかにも行ってみたいと思います!
初めまして。タンディで検索してこのページを見つけました。
西新宿にあった店舗でおそらく貴殿を何度か見ていると思います。10回くらい行ったことがありますが、よくパソコンの前に座っている子がいるな、と記憶しております。 私はオーディオや工具やに興味があり、そっちのほうばかりでしたので、パソコンは触りませんでしたが。 リアリスティックのカセットデッキを親に買って貰いました。工具買ったり、レコードクリーナー買ったり。 私の同じくらいの世代でしょうか? あの頃は夢がありましたね。機会があったらマイコン博物館は行ってみようと思います。
>kepyceさん
はじめまして! タンディのことを知っている方にコメントしていただけるとは!! あそこは本当に面白い店でしたよね。僕も電子機器が大好きだったので、コンピュータを触る以外にも、店内を巡ってキットなんかを眺めたりしていた記憶があります。 それに、「リアリスティック」って懐かしいブランド名! あの店が閉店した時に、店頭のオーディオ機器を格安で譲ってもらって、ずっとずっと使っていました。レコードクリーナーもありましたよね。あの揮発性の匂い、今でもはっきりと思い出せます。 あの時代を生きていた人なら、昭和レトロ商品博物館もマイコン博物館も、どちらもとても懐かしいと思いますよ。ぜひ行ってみてください!
>Alexさん
お返事ありがとうございます。 安く譲って貰ったのですが、いいですね。新宿が閉店して調布にも店舗があるのを知っていたので調布店に行ったらそちらも閉店していて、撤退を悟りました😭 レコードクリーナーの有機溶剤の匂いは独特でしたね。 先日整理していたらボロボロのカタログが出てきまして。これみて夢見ていた高校生でした。オープンリールデッキが欲しかったですね、パーマロイヘッドだ、とか。どこかのOEMでしょうが。 昭和レトロ館もよさげです。行ってみます。
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